おはなし | ナノ 拍手ログ05/きり丸



「きり丸くんはよく働くね」


とても暑い日のこと。僕はいつものように筆を動かしつつ、せっせと棚を磨いてくれる少年に笑いかけた。
「そりゃ、仕事ッスから」と八重歯を覗かせてにっこり笑い返してくれるきり丸くん。彼は小さいながら様々な仕事を請け負う鉄腕アルバイターで、うちの仕事もよく請けて貰っている。といっても僕の部屋の掃除やお使いといったことぐらい。まだ小さな子に僕の仕事を手伝わせるのは良くないって、自分で分かってる。


「おや、そろそろ八つ時だ。きり丸くん、休憩しようか。今日は七つ通りの茶団子だよ」
「やった!」


ふぅ、と息を吐いた拍子に、飾りとして置いていた小さな南蛮製の日時計を目にとめて時刻を知る。いそいそと茶の支度を始めた僕を見て、きり丸くんは嬉しそうに笑った。
きり丸くんに仕事を頼んだ時の、僕達の密かな楽しみ。それが八つ時の茶菓子だった。実は僕は甘味が大の好物で、珍しい練菓子、美味しい餅菓子があると聞いてはいそいそと購入してくるのだ。きり丸くんと出会ったのも、そんな折。草団子を求めた茶店に、アルバイトとしてお茶を出す彼がいた。そんな単純な出会い。
しかしそのときの騒動が元で、僕は彼が忍者の卵『忍たま』であることだとか、親はおらず先生と暮らしていることだとか、学費と生活費のために幾つものアルバイトを掛け持ちしてることだとかを知った。そして彼は僕の職業を知り、僕の甘味好きを知り、僕の頼りなさを知ったそうだ。これは本人から直に聞いたことである。とほほ。


「美味しいねぇ…そうだ、まだ残ってるから、先生に持って帰ってあげなよ」
「えー…でも…先生怒るッスからねー」
「あはは…まだ僕信用されてないんだね」
「その職で信用しろっつー方が無理でしょ」
「きり丸くんまで…」


当り前のように「しょうがない」と言う少年の姿に、がっくりと肩を落とす。と、その瞬間戸の前で大きな濁声が響き板がたわんだ。


「親分!西で健之助の野郎がしょっぴかれやした!」
「すぐ行っから入んじゃねぇぞ安坊。先に堀の方で事情集めとけ」
「へい!」
「それと俺ァ親分じゃなくて代理だ、次間違ぇたら組から叩っ出すぞ!分かったらとっとと行っちまえ阿呆!!」
「へいぃ!!」


大きな声を出して喉が痛いと茶を啜れば、きり丸くんが微妙な半笑いをしていた。ああ良くない大人の図をまた見せてしまった。これではいつまで経ってもこの子の保護者から警戒されっぱなしだろう。とほほ。


「本当に名前さんて極道の親分なんスねぇ…」
「しみじみ言わないでくれよ…それに僕は親分さんから組を預かってる代理だよ。元々極道なんて向いてないし、ひっそり絵でも描いてる方が性に合ってるのに…ああ気が重い。甘味が食べたい」
「本当に頼りないッスねぇ…はい、団子」
「ありがとう…」
「でも俺、名前さんは極道向いてると思うッスよ」
「えぇ?」
「さっきみたいに怒鳴り散らしてる姿が、格好良いから。ま、普段は頼りないんスけどね」


そう言って照れ隠しに団子を頬張るきり丸くんは本当に可愛い。出来るならこのままここでずっとお茶していたい。でも悲しいかな。僕にはこの後牢屋番から部下を回収するお仕事が残っているし、何よりさっきから殺気が凄い。極道なんてしてても普通に命は惜しいから、とっとと退散することにしよう。


天井裏から見張るこの子の保護者に認められるのはいつの日か…僕はひっそりと痛む胃を押さえた。



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