おはなし | ナノ
人形芝居16
「君は…陰間、か?」
「いいえ、舞手でございます」
この見世、一番の。震える表情筋を叱咤して、あえて微笑みながら告げると、男は目を細めて何やら考え込んだ。
はだけた胸元を簡単に整え終わる頃、ようやく納得したように頷いてみせる。
「男の舞手がこんな最奥に部屋を与えられていて、主の愛人でもないと言う。ふむ、何やら込み入った事情がありそうだね」
「語るほどのことでもありませんが」
「そうだね、面白そうだけど私も今は仕事が先かな」
「………」
人の生い立ちを『面白そう』とは、どれだけ失礼を重ねれば気が済むのだろうか、この不法侵入木乃伊男は。
「ともかく、納得したならお帰りください。私は先ほども申した通り、他言いたしませんので、主様の本宅に出向くなり襲撃を諦めるなりご自由に」
「いいのかい?仮にも君の主だろうに」
「主様ならある程度の自衛はされているでしょうし…私が告げ口しようとしまいと、同じこと」
どれほど腕っ節の強い用心棒を雇っていても、目の前のこの木乃伊男にとったら造作もないだろう。それでも主様はあれでいて用心深い狸。無防備になる本宅ならば二重三重に策を巡らせているだろう。いっそ見世の中で襲われるよりマシかもしれない。
その点私は無防備。今この木乃伊男の気紛れ一つでお終いである。
それだけは避けなければいけない。
「私は、まだ死ぬわけにはいかないのです」
可愛い可愛い我が子のために、まだ死ぬわけにはいかない。
例えどれだけ媚を売ろうと、主を売ろうと。
「…殺しはしないよ。そんな命令はされてない」
「主様は?」
「主様も、だね。…ねぇ、結局君はその主様が大事なの、大事じゃないの」
「大事ですよ」
私が男だと分かっても陰間茶屋に売らず、伏木蔵を育てることを良しとしてくれた。交換条件のためもあるけれど、破格の扱いを受けてきた。
狡猾な狸だし、約束はすぐに破るが、それでも大事な恩人だ。
しかしその『大事』は、伏と私自身より遥か下に位置するが。
そんな私の心が分かったのか、木乃伊男は包帯に隠れていない目をぱちりと面白そうに瞬いて、笑った。
「変な人だね、君は」
「貴方に言われたくありません」
うん。本当に言われたくない。
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