おはなし | ナノ モブのきもち7



「まぁ、つまりは壮大な痴呆症と痴話喧嘩だったというわけですねぇ」
「煩ぇぞ綾部」
「ああ怖い怖い。尾浜先輩助けてください名前先輩に食われそうです」
「誰が食うか!」
「ま、まぁまぁ」


天気の良い昼下がり。俺は学園の片隅で壊れた桶に釘を当てつつ、前方で穴を掘る綾部に吠える。勘ちゃんは大きめの石に腰かけて、俺と綾部の言い争う様子を苦笑しながら見ていました。


「こうして過ごすのも久しぶりだね」
「綾部は余計だがな」
「酷いです名前先輩。私は今回、名前先輩のためにたくさん暗躍したのに」
「暗躍ぅぅぅ〜?」
「石を見つけました」


どすっ、木槌を明後日の方向に打ち込んでしまった。もう少し左だったら俺の親指は大ダメージを受けていただろう。いや、今はそれより…


「石って、綾部、もしかして」
「青い綺麗な石です。一度、名前先輩が見せてくださったでしょう。尾浜先輩のお土産だとか」
「そ、うだけど…あれ、勘ちゃんが持ったままだったんじゃねぇの?」
「いや、気付いたら懐にあったんだけど…」


勘ちゃんに問いかければ、申し訳無さそうに首を振られた。あの日勘ちゃんと共に部屋から消えていた石。俺を思い出した時に割れてしまった石。どうして綾部が?


「穴を掘ってたら見つけたんですよ。随分深い所から出てきて、驚きました」
「よく似た石…」
「じゃ、ないかと思ったんですけど、表面の傷とかがどうにも見せて頂いた石そっくりだったので。念のためと尾浜先輩に渡しました」
「え!?」


渡した、という言葉に勘ちゃんが目を丸くした。


「渡したって、俺に直接?」
「はい。不思議そうに『貰っておくよ、ありがとう』と言われました」
「記憶にない…」
「その後名前先輩が久々知先輩を襲撃して尾浜先輩に返り討ちにあったと聞きまして。渡り廊下で偶然会った時、石はどうしましたかと聞いたら『なんのこと?』と。まったくあのときは腹が立ったものです。人がせっかく泥だらけになって見つけてあげたのに」
「お前が泥だらけなのは設定のせいだろうが…」


呆れた調子で呟けば、ま、そうなんですけどね、とマイペースな後輩は嫌そうに穴を掘る手を止めました。先ほどのアニメ時間の余韻がようやく抜けたのでしょうか。手拭いを放り投げてやれば、「ありがとうございます」と泥で汚れた顔を拭います。


「次の日また穴から出てきまして、もう一度渡しました。すると尾浜先輩は不思議そうに『貰っておくよ、ありがとう』と…それが数日続いて、石は段々見つけにくくなって。最後は学園中掘り返してようやく見つけました」
「あ、こないだのか」
「はい。それで名前先輩と手分けして穴を埋めてる最中に偶然尾浜先輩とお会いして、渡しました。やっぱり不思議そうな顔で受け取られましたよ」
「なんであの時言わなかったんだよ…」
「石のことですか?それとも尾浜先輩に会ったことですか?」
「…両方だ」
「石は私が意地になっていただけですし、もう一つに至っては…名前先輩、最近尾浜先輩の話題を聞くたび死にそうな顔になってたじゃないですか。幾ら私でも言えませんよ」


綺麗な顔を顰めてそう言われれば、俺はもう何も言えない。最近勘ちゃんについての話題のたびに、茶化したりはぐらかしたりしてた自覚はある。だって辛かったんだ、名前を聞くだけでも。綾部はそれに気付いていたのか。複雑な気持ちで泥を拭い終わった後輩の小奇麗な顔を見ていると、勘ちゃんが立ちあがって綾部の傍まで行き、頭についていた葉っぱを取って笑いかけた。


「綾部、ありがと。俺、凄く大切なこと、忘れちゃってたんだ」
「勘ちゃん…」
「…ま、お二人が別れれば、それはそれで良かったんですけど」
「っんだと!?」


飄々と告げる穴掘り馬鹿を睨みつけると、あの日割れてしまった石のように綺麗な綾部の瞳が、俺をじっと見つめてきました。


「な、なんだよ…?」
「ねぇ名前先輩、寂しくないですか」
「は?」
「尾浜先輩が戻ってきて、寂しくなくなった?」
「そ、そりゃ、まぁな」
「……ならいいんです」


綾部は手拭いを大事そうに握りしめて、ふふ、と表情が乏しいなりに笑顔を浮かべた。勘ちゃんもより一層、眩しいくらいの笑顔。わけが分からないが、まぁ幸せなので良しとしよう。モブとレギュラーなのに、なんておかしな光景だろう。自然と笑みが湧いてくる。


「綾部」
「はい?なんですか名前先輩」
「勘ちゃん」
「どうしたの、名前」
「…っ、なんでもない!」


幾ら勘ちゃんが思い出したといっても、俺はまだモブで、たぶん一生レギュラーにはなれないんだろうけど。
勘ちゃんも綾部も、俺を見てくれる。俺に笑いかけてくれる。俺の名前を呼んでくれる。


それだけで、俺も幸せです。



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