おはなし | ナノ
モブのきもち6



「追って来んな馬鹿!」
「だって君が、逃げるから!」


走り抜けるモブとレギュラーの組み合わせに、周りのモブがざわつく。そりゃそうだ。今まで俺らをずっと視認するばかりか、意識して追いかけるレギュラーなんて綾部くらいでした。そして綾部は基本面倒臭がりで綺麗好き。蜘蛛の巣だらけの天井裏や屋根や縁の下を全速力で追いかけっこなんて真似、するわけがありません。何故か分からないけど、風呂へ行くため長屋へ着替えを取りに行く最中、後ろから慣れた気配がして咄嗟に振り替えれば必死の形相のあの子が追ってきていた。反射的に逃げ出した俺、悪くない。というか先ほど食堂で会ったときは普通の様子だったのに、何があった。答えはひとつしかない。あの不思議レギュラーめ!


「綾部に何言われたか知んねーけど、全部忘れろ!そしてもう俺を追うな!」
「じゃあ止まって話を聞いてよっ。あ、君、こないだ兵助にクナイで襲いかかった奴か!」
「今頃かよ!」


もうなんなんだこいつ!というかこないだのこと、覚えてる時点でおかしい。レギュラーはモブの行動なんて少し経てば綺麗さっぱり忘れるはず、なのに。駆けていた廊下の突き当たりの柱を蹴り飛ばして壁を駆けのぼる。また屋根の上に出て、そこから森へ逃げよう。今日は穴全部埋めたから足元の危険も無いし。考え事をしていたのが悪かったのでしょうか。屋根の縁を踏むはずの足は、むんずと掴まれ、ぐいと引っ張られ…


「う、わぁっ!?」
「捕まえ、た!!」


落ちる!なんて思った瞬間には温かい懐へと抱きこまれていました。懐かしい温もりです。ほんの少し前までは穴に落ちそうになったときや寒い冬の日に感じていた温度。泣きたくなるほど優しく久しいそれに、俺は心の蔵ごと捕まってしまいました。


「離せ、馬鹿…!」
「君が逃げるから悪いんでしょ」
「違う、お前が悪いんだ!」


違う違う違う。本当は悪くない。お前も綾部も久々知だって悪くない。ただどうしてかおかしなこの世界が、この世界の裏側を知る自身が悪いのであって。知っているか、俺は誰にも言ったことなかった、あの子にも16年間ずっと黙って来たことがあるんだ。


「お前が悪い、お前が、お前が…お前が俺を置いてくから…っ」


不思議な話だ。俺の記憶は今の一年生たちが入学する直前からしかない。独りぼっちの五年生。気づけば先生方が、下級生が、同学年が、上級生が増えていった。知らない生徒がある日突然現れ、昨日笑い合った友達が急に全て忘れて個性的になっていく毎日。そして廻る季節、終わらない年月。延々としたループの中で生きていることを不思議に思う奴は、レギュラーどころかモブにもいやしません。そうした疑問を抱える前に、大抵の奴はレギュラーになっていましたから。委員長も富松も三反田も竹谷も久々知も、他の皆も。気付けば俺は、いつも一人。


「置いてかないで、忘れられるのは嫌だ、もう嫌なんだ」


モブの中で俺だけが、アニメや漫画にちらとでも出たことがない。俺だけが、終わらないループを自覚している。つまり俺は、『皆に置いてかれる』ことを位置づけされた、決してレギュラーになることの無い永遠のモブなのでしょう。


「君…」
「君なんて呼ぶな!名前を呼んでくれ!…こんな変なループ、気付きたくなかった。なんでアニメ時間とか分かるの。アニメって何。レギュラーって何。そもそもモブって何なの。なんで委員長は俺と買い出しする約束を忘れたの。なんで作兵衛は俺を見なくなったの。なんで数馬は手当てしてくれなくなったの。なんで兵助は俺を無視するの。なんでハチは俺に笑いかけてくれないの。なんで勘ちゃんは、俺を君って呼ぶの…!?」


本当は分かっていた。綾部がモブを分かるのは、俺がこのままだといつか壊れてしまいそうだったからだ。忘れられていくことに寂しさを募らせていた俺が、綾部がレギュラーになるときに『いじった』んだ。だからあの後輩は、歪んであんな二重人格になってしまった。忘れられ続けるのは、怖くて辛かったんです。全て俺が元凶で、だからこそ彼が壊れてしまうのが怖くて、でも忘れられてないことが嬉しくて嬉しくて。次々に忘れられても、一人だけは俺を忘れない。そしてやっと保っていた均衡が、今回のことで崩れてしまった。忘れられるのには慣れていたはずなのに、綾部もいるのに。たった一人、あの子に忘れられた、ただそれだけのことで。


「俺は名前だ!レギュラーじゃないけど、生きてるし笑うし泣きもする、名前なんだよ!」



カツンッ



目を白黒させるあの子に叫んで掴みかかった瞬間、胸元から転がり落ちた綺麗な青い石。それはあの日あの子と消えた、海のお土産。俺が石を集めていることを知っているあの子が、海でモブってきたお土産として俺にくれたもの。ずっとずっと探していたそれは、床に落ちてまるで茶碗のようにぱかりと割れた。木の年輪のように白い縞が入った断面が、二つ。


「…あ…石、が」
「割れちゃった、ね」
「勘ちゃんが、くれたのに…」
「また取って来るよ。だってレギュラーなんだもの。海だって山だって行く機会は五万とあるはずだもん」
「……え」
「名前が好きそうな綺麗な石、もっといっぱい取って来るからね」


胸倉を掴まれたまま、へにゃ、と泣きそうな顔で笑った勘ちゃん。その笑顔に俺も泣きたいような笑いたいような複雑な心地で、へなへなと力失く廊下に座り込みました。勘ちゃんが、名前って呼んだ。それだけで、頭と心の臓が破裂しそうです。


「なん、で?俺のこと思い出し…」
「分かんないけど、その石が割れた瞬間色々思い出したよ。名前のこと。名前と同室だったこと。…名前とずっと一緒だって、約束したこと」
「…っ」
「…約束破りかけてごめんね?もう忘れないから。もう絶対、忘れないから」
「っ、置いて、か、ない、よなっ!?」
「うん。名前が泣くから、置いてけないよ」
「泣いてねぇ!」


ごしごし目元を拭う姿を見て、勘ちゃんはうそつき、と小さく吹き出した。



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