おはなし | ナノ
嘘吐きと豆腐2
「ところで君達が撫でているその犬だが、噛まれると死ぬよ」
真っ白いふわふわした、お豆腐みたいな犬だった。
入学してすぐに仲良くなった勘右衛門と一緒に発見した小さな飼育小屋。中には小屋よりも小さな白犬が一匹。くぅんと鳴く犬に夢中になって数日通い詰めたある日、どういう訳か小屋の柵に大穴が開いていて、犬が外に出ていた。
井桁模様の一年らしく好奇心旺盛だった兵助と勘右衛門は、きゃあきゃあとつぶらな瞳の友人を撫でる。交互に撫でてやわらかな毛並みを堪能し尽くした頃、背後から声をかけられた。
「え、わっ」
「そろそろ放しな」
いつのまにか後ろにいたのは、真っ黒い瞳を無感動に細めた二年生の先輩だった。
見たことのない先輩に驚いたのもつかの間、兵助は言われた言葉に青褪める。そういえばい組の生物委員が、委員会で毒虫を扱ってて怖い、とか言っていた。こんなに、可愛いのに。
「毒を持ってる犬なんですか?」
「生き物は皆、毒を持っている」
「僕らもですか?」
勘右衛門が犬から名残惜しそうに手を放しながら、先輩に聞いた。
「少なくとも僕は持っている」
「「えぇっ!?」」
「ほら、早くその犬から離れないとガブッだぞ」
「「えぇぇっ!!」」
「こら名前!後輩に嘘教えないの!」
「いてっ」
またも突然登場した二年生に、名前と呼ばれた先輩は頭を小突かれる。
小突いた方は確か、保健委員の善法寺伊作先輩。こないだ怪我をして医務室に行ったら、手当てしてくれたから知っていた。
「ごめんね、君達。名前は嘘吐きな与太者だから本気にしないで」
「失礼な」
「ごめん、本当のことを言いすぎた」
「ならば仕方ない。それに酷いのは小平太だ。僕の柵に砲丸で穴開けた」
「染みる薬を用意しておくよ」
「あと酷いのは伊作だ。僕の心に言葉で穴開けた」
「僕はいいの」
「差別か」
「区別です」
「ならば仕方ない」
目の前で言い合う二人に呆気にとられていると、犬が飽きたのか「わんっ」と一鳴きして走り出した。
名前と呼ばれた二年生は慌てて追いかけ、善法寺伊作は兵助と勘右衛門に「委員会が始まっちゃうよぎゃっ」と言い残して穴に落ちた。
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