おはなし | ナノ
嘘吐きと豆腐1



名字名前は有名人だ。


「しばらく南の山には行ってはいけない。人食い鬼が出るから」
「どうせ嘘でしょ、先輩」
「いやいやまったくの真実。山に入った途端、暗い木陰から……ドーンッ」
「「「キャァァァァッ」」」


学園一嘘つきな男として。








「名前先輩、なんであんな嘘言ったんですか。一年なんか完全に面白がって探検に行きそうでしたよ」
「ははは、それでいいのだ豆腐小僧」
「いい加減名前で呼んでください」
「はて…なんて名前だったか」
「久々知です久々知兵助!まったく、五年も一緒にいて覚えて下さらないのは先輩だけです」
「ああ、そうだ。久々知。うん。久々知豆腐だ」
「豆腐じゃありません!」


きっと上どころか下の名前も覚えてなかったに違いない。
兵助は眉を顰めながら、食堂へと歩いていく名前を睨みつけた。


「そんなに見つめないでくれ。僕の背中に穴が開きそうだ」
「開くわけないでしょうが。それよりさっき、私のお貸しした本を取りに長屋へ行くと言ったのは気のせいですか」
「そうそう、長屋に行くよ」
「こっちは食堂への道ですが」
「長屋に行くよ。いつかはね」
「やっぱりそういうことだと思ってました」
「久々知は僕の思考を読むのか。凄い子だ」
「読まなきゃ貴方の恋人なんてやってられません。あと子ども扱いしないでください」


頭を撫でる名前に言葉で噛みつくが、名前は楽しそうに頷くだけだった。
くそう、兵助は俯いて歯噛みする。


「恋人だと主張するだけで真っ赤になるとは。本当に豆腐は初心だ」
「…久々知だと、言ってるでしょうが」
「久々知豆腐、梅入り」
「美味しそうですけど違います」


ああお腹すいたなぁ、なんて言っている名前がさっき煎餅を齧っていたことを知っている。
二言目には嘘を吐くどうしようもない男だが、兵助にはどうしようもないのだ。
名前は出会ったときから嘘を吐いていたし、今更兵助が彼を嫌おうにも、すでにどうしようもないほどに彼に傾倒し過ぎていた。


「名前先輩、嘘吐きですけど大好きです」
「僕はそんな奇特な豆腐が好きだよ」
「久々知です」



愛を語らっている筈なのに、どうしてか噛み合ってなかった。



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