おはなし | ナノ おさなづま10



「あの店の主人な、あと半刻程で戻ってくるぞ」


通りに面した大店へちらりと視線を走らせると、おっさんはびくりと巨漢を揺らした。そんな図体で怯えられても、可愛くもなんともないのだが。
俺の顔を見て、店を見て、暫し考えたあと…観念したように溜息を吐いた。失礼なおっさんだ。


「…これでどうだ。これ以上は無理だぞ」
「まぁいいだろ、買ってやる」


あくまで尊大な俺の態度にぐっときたようだが、こんな子どもに気付かれるのが悪い。
おっさんの本業は恐らく盗賊。目当ての店を前にただ監視しているだけなところを見ると、仲間が盗みに入ってる間の見張り役だろう。売ってる飾り物は今までに盗んだ品かな。だからおっさんは幾ら買い叩かれようと俺に売らざるをえなかったわけだ。何処に言い触らすか知れたもんじゃないから。最悪今この瞬間、俺が大声で暴露するとも考えられるしな。
ちなみに店の主人が半刻程で帰ってくるって言うのは嘘じゃない。道中追い越した辻駕籠に従っていた下男が、あの店の印が付いた風呂敷を下げていた。駕籠の中に主人もいたんだろう。しかも大店の店主があんな急拵えの質素な辻駕籠を利用するくらいだから、予定を繰り上げての帰還と見た。こいつの仲間にとっては都合の悪い情報だろう。むしろ教えて貰って感謝しろ。


「毎度。二度と来るなよ糞餓鬼!」
「おいおい、そう怒んなよ。こんな雑な売り方してんだ、どうせこっちは本業片手間のお遊びだろ?あとな、これとこれとこれは売るのやめとけ」


売り物の中でも特に高価そうな、螺鈿細工の髪飾り、糸印の留め具、花模様の絹の手拭いを集め、おっさんの手に押し付ける。怪訝そうな顔をした盗人に教えてやろうじゃないか。俺優しい。


「こんな身元の割れるもん売ってたら、早晩お縄だって。おっさんよく今まで無事だったな」


髪飾りはさる武家の家紋入り、糸印は貿易船の受領証、手拭いにはでかでかと大店の名前。出元が確かすぎるだろ。客にちょっと顔広い奴がいたら一発アウトだ。呆れたような俺の説明に、おっさんは慌ててそれらの品々を麻袋に突っ込んだ。早々にバラして加工するか捨てるかしたほうがいいぞ。


「そりゃ危ねぇや!ありがとな兄ちゃん!」
「こっちもかなり値切ったしな、リップサービスだ。ほれ、さっさと荷物詰めて撤退しろ。あと今後価値の分からない物は下手な売り方するなよ」
「おう。どっかで会ったら酒の一杯でも奢ってやるよ、じゃあな!」


残りの品ごと小袖を丸めて肩にかけ、にぃっと山賊風の笑いを残しておっさんはそそくさと立ち去って行った。仲間に連絡に行くんだろうな。
ともあれかなり良い買い物が出来たと言えよう。守り刀は鞘と柄が翡翠、刀身が黒曜石で出来ていた。これはどちらも玉でそれなりに値が張り、普通二束三文で買い叩ける物ではない。おっさんが聞いたら殺されても文句言えないような無茶な値切りでした。これだから商品の価値を知るのって大事だ。


「うーん、でも正直いらん」


ノリで買っちゃったけどお守りとか柄じゃないし。
俺は手の中で静かに光る守り刀を見て、どうしようかと悩んだ。バラして転売か暗器にでもするか。


というかおっさん、あの売り物の中でたぶん一番高価なのがこの守り刀と下敷きにしてた小袖だって…知ってんのかな。



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