おはなし | ナノ
立花仙蔵は思考する



私という存在を理解しているのだろうかあの男は。


立花仙蔵は思考の波にたゆたう。四肢の全てから力を抜き去り、意思という意思を模索する脳裏に向かわせる。
良い案など浮かんでこない。あの男をどうすれば繋ぎとめておけるのか。泣いて縋ればいいのか、痴れ者がと頬を張ればいいのか。どちらの方法をとっても、最後には私の元から永遠に去っていくに違いない。
ならば目を抉り四肢を切り取ればどうだろうか。助けを呼ぶ舌すら引き抜いて私だけが愛でることのできる人形に成り下げれば……いいや、駄目だ。そうすればあの男は私をあの濁った泥水のような目に映さなくなるし、あのカサカサに乾燥した手で触れてくることもないし、耳に不快な下卑た声で私の名前を呼ぶこともなくなるのだから。
だがそうすれば、着飾った町娘に視線を奪われることもないし、乾燥した掌は他の体を愛撫することもないし、あの男の声が他の人間の名前を呼ぶのを聞くこともなくなる。
立花仙蔵は唇を強く噛みしめ、強烈な誘惑から自身を逃す。こんな自分の思考を知れば、あの男は早晩私の傍から消えていなくなるだろう。逃げ脚だけは早いのだから。
ならば、じわりじわりと周囲を囲もうか。あの男の級友、親友、家族、ぐるりぐるりと浸食して、気付けば身動きできないようにしてやろうか。何処にも行き場が無くなれば、愚かにも私から逃げようなどと考えもしなくなるだろう。


ああ、本当に、私という存在にこうまで想われていることを理解しているのだろうかあの男は。








「仙ちゃん…」
「どうした伊作。棚から黴た蜜柑を発見したような顔をして。私のことは構わずに薬の調合を続行しろ」
「真横で友達が友達を陥れようとする計画を延々垂れ流してるのに仕事しろと!?っていうか仙蔵、君、名前のこと好きだったの!?」
「当り前だろう。あんなにアピールしてるのに気付かんアイツが信じられん」
「日頃からあんだけ罵られてりゃ普通嫌われてると思うよ!」


医務室当番が友人一人なのをいいことに、寝不足だと布団を引っ張り出して占拠している立花仙蔵。彼は伊作の言葉に、きょとんと眼を丸くした。
だって仙蔵には、相手に罵っているという実感がないのだ。
「お前の前世は猿か妖怪だな」と言えば、『身のこなしが軽いな』と褒めているつもりだし、「いい加減ところ構わず口説くのをやめろ色魔」と言えば『他は見ずに私だけを見ろ』という嫉妬のつもりだったのだ。
そういった仙蔵の天邪鬼さに今ようやく気付いた伊作は、はぁぁ、と特大のため息を吐いた。


い組対は組の確執は代々のものだが、普通ある程度成長すれば表立ってのいがみ合いは無くなる。文次郎と留三郎はあれで意外と馬が合っている部分もあるが、そういう意味ではこの立花仙蔵と名字名前の確執は根が深かった。一年の頃から寄ると触ると火花が散り合う。最初は一方的に罵られていた名前も、回を重ねるごとにぎゃあぎゃあと言葉の応酬に参加しだした。だが悲しいかな、は組は馬鹿なのだ。いつも最後には「チクショー覚えてろー!次はぎゃふんと言わせてやるかんなー!」と何処かで聞いたようなフレーズを言い捨てて木々の間に泣きながら走り去る名前の姿があった。そのたび、残された仙蔵は鼻を鳴らして満足そうにその姿を見送っていたのだが…。
つまり仙蔵は、気になるから声をかけて、本人的には普通に話して、次第に名前も話しかけてくれ、最終的には次に会う約束まで取り付けられるのに満足していた…ということか。


なんてすれ違い…!伊作は手元の薬研(やげん)をごりごりと動かしながら、ずうんと暗雲を感じた。こりゃあ近いうち一悶着あるぞ。長年で培ってきたは組の勘が特大級の警報を鳴らしていた。



立花仙蔵は思考する



(「どうしよう留さん、この重大事実…」)
(善法寺伊作は切実に、今は壁の修理をしているであろう親友に助けを求めた)
(立花仙蔵はぶつぶつと、再び布団に四肢を投げ出し思考の波に戻って行った)



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