おはなし | ナノ おさなづま9



というわけでにやにや顔の級友達を順に殴って町の中。ちなみに雷蔵のみ軽く叩いた程度。他二名は頭を押さえながら贔屓だと喚いていた。


八左ヱ門は美女に変装した三郎に引き摺られて行き、雷蔵は近くの古本屋で置き物となってしまった。
そして俺はといえば、ぶらぶらと待ち合わせ場所へ向かいつつ、通りに広がる市を冷やかしていた。


「おう兄ちゃん、こっち見てけ」


野太い声に目を向ければ、紬織りの丈夫そうな着物を筋骨隆々な体躯で押し上げたおっさんが藁を下敷きにでんと座り店を開いていた。間違いなくこのおっさんのではないだろう綺麗な刺繍の小袖の上に並ぶのは、赤や桃色の髪飾りや手拭い。
隣では痩せた男が干物を、逆側では婆さんが花を売っていたが、どちらの店も冷やかしの客がちらほらいた。なのにおっさんの店には人が寄りつこうとしない。取って食われそうな風体のせいだろう。


「この桃の髪飾りなんか、コレに買ってってやったら喜ばれんぞ」


おっさんはコレ、と言いながら小指を立てた。表現が古い。というか髪飾りは必要ない。彼女はいないし、女装用の飾りなら学校の備品か三郎ので十分だ。


「悪いが俺には必要無い」
「お、兄ちゃんモテそうな面してんのにコレいねぇのか?それともコレか?」


今度は親指を立てるおっさん。だから一々表現が古い上に下品である。突き上げる仕草をするな。
なんとなく頭の中で『皆本金吾』を思い浮かべたが、あの子は男だからこんなもの貰っても喜ばないだろう。
というか見る限り山賊という風体のおっさんがなんでこんな可愛らしい飾りもの売ってんだ。熊が宝石をコレクションするようなもんだぞ。何処で盗んできた。


「これは死んだカカァの形見でなぁ…忘れ形見の赤ん坊を育てる為に、泣く泣く売っ払っちまってんのよ」
「お涙頂戴はいい。アンタの女房は何処でこんなもん手に入れたんだ」


飾りと布の間に紛れて転がっていた掌ほどの短刀に手を伸ばす。翠の石で出来た鞘を抜けば、黒炭よりも黒く蜜よりもとろりと光る鋭い刃。


「お守りだよ。ほら、鞘も柄も刃も、全部石で出来てんだ。綺麗だし珍しいだろ?」
「ああ。で、幾らだ」
「うーん…さっぱり売れないっつっても、きっとそれなりに良い品だからなぁ…これでどうだ?」


おっさんが立てた指を適当に三本引っ掴んだ。


「おいおいおっさん、ぼってんじゃねぇよ。こんくらいが妥当だな」


俺の立てた指を見て、おっさんは情けなさそうに眉尻を下げる。そんな殺生な、という言葉が聞こえてきそうだ。
だが譲る気はない。というか実習で出てきただけなんでそんなに持ち歩いていないんだ。
俺は「それならこれでどうだ」と、他の奴らが見たら外道鬼畜生と罵るだろう笑みを浮かべた。



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