おはなし | ナノ
おさなづま6



「まったく、色々壊してくれちゃって」
「すんません…」


おばちゃんに叱られながら、俺は深々と頭を下げる。
しかし頭の中は先ほどの光景で一杯だった。








「七松先輩、やめてください!」


怒れる暴君に飛びついた『皆本金吾』は、震える声で制止をかけた。
暴君に特攻するなんて、いったい何の罰ゲームだろう。俺は驚いて『皆本金吾』の首根っこを引っ掴んだ。


「やめろ、殺されるぞ!」


こんなちまいのが見境無くした暴君の腹に抱きついてたら、動いた反動で振り落とされて壁にでも激突しそうで怖い。
俺は必死すぎてよく考えもしないまま、『皆本金吾』を抱きしめて隠そうとした。
しかしいくら小さくとも、十歳児。完全に隠れきれるはずもなく、さらにその体制は暴君の怒りを煽った。


「…十秒やる。家族への別れを済ませろ」
「十秒で!?」


俺の家、どう急いでも片道七日はかかるんですけど!
血に飢えたようなギラつく目に人生の幕下ろしを感じていると、抱きしめている存在がじたばたともがいているのに気付いた。
胸に顔を押し付けていたから息が出来ないのだろう。
慌てて放して、今度こそ背後へと隠す。


「先輩」


けれど『皆本金吾』は、それを拒むように一歩前へ出てきた。
昨日のあの怯えたような目じゃなく、真っ直ぐな視線を暴君に向けて。
俺はそれにイラッとした。何故なのかなんて考えもしなかったけど。


「先輩、もうやめてください。食堂がめちゃくちゃです!」
「金吾、しかし悪い虫は懲らしめねばならんのだ」


「懲らしめねば」が「殺さねば」に聞こえたのは聞き間違いだろうか。


「名前は私の可愛い後輩に近寄る虫だ。私はそれをこ…追い払わねばならん!」
「嬉しいですが、これは僕と×先輩の問題です」


きっぱりとした言葉。凛とした横顔。俺は『皆本金吾』を見下ろしながら、ぱちりと一回瞬きした。
この子はこんなにきっぱり物を言う子なのか。


そういえば俺は、この子のことを何も知らない。








結局『皆本金吾』のあの言葉と、おばちゃんの制裁で収まったあの場。
未だ唸る暴君は雷蔵経由で中在家先輩にお願いして、引き取ってもらった。
気付けばあの小さい一年生はもういなくて、今しがたの騒ぎを噂する生徒達がざわざわと食事に戻っていた。
あの子はちゃんと昼食をとっただろうか。
やっぱりA定食だったのだろうか。だって今日のAは唐揚げだ。あのくらいの子はそういうのが好きだろう。


何故だかとても、『皆本金吾』が気になった。



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