おはなし | ナノ
3歩足りない
ああ、あと少しだけ動ければ
ただいまって言って、彼にこれを渡せるのに。
私は恋をしていた。
辛く苦しい恋だ。きっとこの世の誰よりも、切ない恋をしているのは私に違いない。
恥ずかしながら恋慕の情を寄せている相手、い組の川西左近くんは、今日も私を軽蔑の眼差しで見てくる。
「左近くーん!君が好きだー!大っっっ好きだー!!」
「ああシロ、こないだの怪我はどうだ」
「え、うん。大分治ったよ」
迸る熱い想いを今日こそ成就せんと叫ぶが、左近くんの視線は同じクラスの時友四郎兵衛に釘付け。正確には、四郎兵衛の左腕に、だが。
でも羨ましい。羨ましいぞ四郎兵衛!思わずギンッと嫉妬の視線を送るぐらい許してほしい。
左近くんの関心を引けるなら全身血だるまになっても構わない私だが、生憎その望みが叶った例はない。
私の皮膚は常人より…その、少ぉしくらい強いようで、なまじっかな刃では傷がつかないのだ。
一族揃って鋼鉄の皮膚。きっと遺伝子操作とか悪の陰謀渦巻く一族なのだと思う。
そんな得体の知れない一族に左近くんを嫁がせるわけにはいかないと、この間帰省した折に絶縁状を叩きつけてきた。母と姉は怒ったが、父は「愛ならば仕方ない」と親指立てて見送ってくれた。理解ある当主である。
というわけで一年の頃から危険に特攻しては怪我をして左近くんに看病されたい心配されたいと目論む私であるが、その想いは叶うべくもなく、むしろ肝心の相手に嫌われてしまった。
保健委員会の面々は優しいが、望んで怪我をしようとする者に容赦はない。左近くんは何時しか、軽蔑の眼で見てくるようになった。
冷たい態度も可愛い!と浮かれたのはここだけの話。反省の見られない私に更に怒ったのか、今では話しかけてさえくれない。
「ううう…寂しいよぅ」
「大丈夫?でも、左近は危ないことするのを止めてほしいだけみたいだから…」
「だだだ、黙らっしゃいこの愛玩動物が!左近くんに心配されるだけでも羨ましいのに、愛称で呼んでもらうだなんて…この泥棒猫!」
「えええ!?」
「泥棒も何も、お前のもんでもないだろうに」
ぽこん、と本で頭を叩いてきたのはい組の池田だった。後ろで能勢もうんうんと頷いている。畜生お前ら、左近くんと同じクラスというだけでもリストの対象なんだぞ。何のリストかは言わないでおく。
「聞いたぞ。こないだまた、単独で囮になったって」
「お前な…いい加減無鉄砲な行動は止めたら?」
「一年は組ほど無鉄砲ではないぞ」
「あそこまでいったら友達辞める」
「知らん!私の友達は四郎兵衛だけだ!」
その友達に泥棒猫とか言って詰め寄ってたの誰だよ!と煩く騒ぐ池田を置いて、私はすたこらさっさと授業に向かった。
勿論、友達の手を引いて。
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