おはなし | ナノ おさなづま2



「おばちゃーん、何かある?」
「あらあら、ちょっとお待ちよ」


食堂に入るなり発した欠食児童もとい俺の声に、食堂のおばちゃんは笑って奥に引っ込んだ。きっと何か作ってくれるに違いない。美味しい物に違いない。俺の腹はキュウと鳴いた。


中途半端な時間に実習が終わったせいで、食堂には誰もいなかった。しんと静まり返った中、とんとんと包丁の音が響く。適当な椅子に座りながら俺は幸せを噛みしめた。
いいなぁ、おばちゃん。料理は上手だし、優しいし。これで年が離れてなかったら、俺は花束抱えて求婚していただろう。
これは冗談ではない。実際俺は何度も考えた。花束だって用意した。しかしおばちゃんが人妻であるらしいことを耳にして、俺は泣く泣く花束を級友の変装名人に投げつけた。


幼い頃決意した嫁探しは、十四になった今でも芳しい成果を見せていなかった。
女の子と付き合ったこともあるが、何故か総じて料理が壊滅的で。俺には呪いが掛けられているんじゃなかろうかと本気で疑った。
忍務のたびに嫁探し、実習の折に嫁探し、休日の最中に嫁探し。
例えくのたまでも、料理が上手なら……血迷った俺を止めた級友達は、今でもその騒動を話のネタに持ち出す。
笑っているがいいさ。今は笑い話でも、あと数年も経たないうちにお前達も同じ苦しみを味わうことになるのだからな!


そして現在、迫りくる卒業というタイムリミットを切々と感じつつ、俺は略奪愛って人道的にどうかな?と食堂で悶々していた。たぶんお腹空いたから思考が迷走してるんだ。きっとそうだ。


「ん?」


ガルルと唸りだした腹を諌めながら卓の上に目を走らせると、波模様の鉢に盛られた肉じゃが。
程よく味が染みて、黄金色に輝くじゃがいも。柔らかそうな肉。真っ赤な人参。型崩れせず綺麗な形で盛られたそれは、通称「お袋の味」と呼ばれる定番家庭料理だ。
そして俺の、大好物。


気付けば俺はマイ箸を伸ばしていた。
人の物を盗るのはいけません?今しがた実習でクラスメイト相手に巻物の盗み合いをした俺に、そのタブーは通じない。
きっとお腹を空かした生徒、すなわち俺のためにおばちゃんが作っておいてくれたんだ。グッジョブおばちゃん。ビバおばちゃん。これは略奪愛を真剣に考えなければ…


「…おお?」


口に入れた肉じゃがは、いつも食べているおばちゃんの味と違かった。少し濃くて甘めの味付け。
おばちゃんのように食を仕事にするほど熟練してない、素人っぽいその味は、何だか…そう、まさに俺の求める「家庭の味」だった。


「な、な…何これ!?美味しい!超美味しい!!」
「あれま、それ食べちゃったの?」
「おばちゃん!これ、この肉じゃが誰作!?誰が作ったのこれ!?」


興奮した俺は鉢を掲げて叫ぶように訊ねた。だってこれは、この味は。
おばちゃんは炒め物の皿を手に、苦笑いして教えてくれた。


「一年は組の皆本金吾って子だよ。それは戸部先生に食べさせるって、朝作ってったんだけどねぇ」


一分後、おばちゃんの炒め物を完食した俺は廊下を駆けていた。
廊下を駆けるな、という声も、どうした名前便所か、という声も気にならない。
向かうは一年は組の教室一直線だ。


運命の相手を見つけた!
その時俺は、『皆本金吾』の性別や年齢など、まったく考えちゃいなかった。



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