おはなし | ナノ 人形芝居5



「いいこと?家のことを聞かれたら舞の師匠だと答えなさい」
「はーい」
「先生と先輩には礼儀を守って、同じ学年の子たちを大切になさい」
「はーい」
「…聞いてる、伏木蔵?」
「はーい」


口煩く言う私に飽き飽きしたのだろう、伏木蔵は膝の上に座り手に持った組紐を弄って遊んでいた。
苛とするよりも、ひたすら心配だ。


この子、虐められないかしら。





忍術学園、という名を聞いたのは贔屓の旦那からだった。
何でもその学園は伝説の忍者が開いたもので、入学金さえ払えば誰でも入学可能であるらしい。全寮制で、食事もついていて、就職の道も開ける。なんて素敵な環境か。
このまま遊女屋で育っても、用心棒の男衆に混ざるか茶屋へ行くしかなくなってしまう。後者は絶対に許せないし、前者も…血は繋がってないはずなのに、自分に似て華奢な伏木蔵を見て無理だと思った。何より用心棒はやくざ者の集まりで、いざとなったら見世の罪を抱えて始末される場合もある。


それなら、忍者がいい。
女の街で雁字搦めになって窮屈に生きるより、忍者となって野を駆け、夜を生き、陽の下で暮らしてほしい。
何より六年も学園で暮らすうちに、他の生き方を見つけるかもしれない。
それは私の心に希望を灯した。


私は姐さんや遣手達に相談して、伏木蔵をその学園に入れることに決めた。
決まってからは早かった。伝手を使って金を使って、学園の所在を知った。存外簡単に見つかり、呆気なく思ったものだ。だが卒業生の腕は確からしい。渡りをつけてくれた大尽の一人が自慢そうに語った。
心配していた入学金も、それほど高価ではなく、貯めていた私の蓄えで十分に足りた。
このお金は昔、傀儡子へ戻ることを夢見て貯めだしたものだった。伏木蔵を育てだしてからは、この子がいつか外へ出るためにと貯めてきたものだった。


主に了承も取った。
この十年で主は伏木蔵を孫のように思いだしたのか大分渋ったが、私と古参の遊女達全員の説得に最後は首を縦に振った。
入学祝いとしてくれた組紐は、伏木蔵の一番のお気に入りだ。だが何故組紐。もっと実用的な物をやって欲しい。


「母さま、この紐、母さまの扇飾りとお揃い」
「あらまぁ本当だ」
「主さまが、お守りにって」
「へぇ…」


あの爺、意外と考えていたらしい。
旅立ちを明日に控えた昼、格子窓から入る陽光に目を眇めながら私は注意するのを諦めた。
暫く会えなくなるのだ。最後の記憶が拗ねた様子では寂しい。
そう、寂しいのだ。


「伏」
「はーい」
「大好き。逞しく生きるのよ」
「僕も。人生はスリルとサスペンス〜」
「そうそう」


波乱万丈でも、ちょっと死にかけても、生きてりゃどうにかなるんだから。



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