おはなし | ナノ 人形芝居4



このようにスリルとサスペンスに溢れた生い立ちが、私を逞しく、つまりは少々図太く生かした。


死ぬまで、とは言っても、老いて舞えなくなればどうなるかは分からない。
私は精一杯舞を磨き、年若い遊女や禿の幾人かに稽古をつけたりもした。師匠としての価値を付けるためだ。


当然忙しくなる私は四六時中小さな赤子に付いていられるはずもなく、そういう時は年配の遊女や遊女を止めた遣手(やりて)に頼ることとなった。彼女達は子どもの扱いを心得ていて、重湯のやり方、おしめの変え方などを教えてもらった。何せ私は見世一番の舞い手といえど、実際はまだ十五の餓鬼だったからだ。


私は夜毎綺麗な着物を着て座敷で舞い、他の見世に呼ばれては舞い、朝に寝て、昼に稽古として舞った。
その間、座敷と外以外ではずっと赤子を抱いたりあやしたりしていた。
皆で頭を捻って伏木蔵と名付けられた我が子は、少々色白な事を除けば生まれたときから元気で、病気をすることなく始めの年を生き抜いた。


そうして一年と少しが経った頃、困ったことが起こった。


「かー、かあー」
「んー…伏、どうしたの」
「かー!」


私の膝を握ったまま、伏木蔵は必死に何かを訴える。
お腹が空いた様子も、おしめが濡れた様子もない。いったい何事かと、私は首を傾げた。
するとそんな私の様子がツボだったのか、舞稽古を終えたばかりの遊女の一人が笑いながら教えてくれた。


「あっはっは!母さんって言ってんのよ」
「……………は?」
「あんたのこと、母親だって!良かったじゃない!」


お腹痛ーい!涙まで流しながら遊女は笑った。どうでもいいけど白粉落ちてるから座敷に出る前に直しなさいね。
…母親?


「え、ちょ、私は男です!」
「そんなの赤ん坊に分かるもんかい」
「でも、呼ぶなら父さんでしょう!?」
「誰もあんたのことそう呼ばないもん。特に遣手の婆様達は、あんたのこと母さまって教えてたわよ。それにどっからどう見てもやってる事、母親だしね」
「〜〜っ!!!?」


衝撃の真実を教えられ、私はへなへなと扇を持つ手を下ろした。伏木蔵がきゃっきゃとその手にじゃれつく。
出来る限り重湯をやったりおしめを換えたりした。仕事の都合上どうしても明け方からだが、一緒に寝た。折り紙やお手玉で遊んだ。
この子のために出来ることは全部やっっているつもりだったが、まさかそれが母親と見られていたとは…。
ここは他の遊女に任せて私は稼ぐことに集中するべきだったか?いや、それでは『私が』育てていることにならない。私は伏木蔵の親なのだ。


「そんなに落ち込まないでよ。大丈夫、容姿も母親で通るわよ、あんたなら」
「嬉しくありません…」


容赦なく追い打ちをかけた遊女は、大口を開けて愉快そうに笑った。
彼女はその四年後、望まれて身請けされていった。小さな料理屋の後添いとなったらしい。


そして私はといえば、何度伏木蔵に教え直しても矯正出来ず、それ以後も「母さま」と呼ばれることとなってしまった。
それこそ伏木蔵が十になり、学園に入ることとなっても。



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