おはなし | ナノ
人形芝居3
一応古株の私は少ないながらも御手当てを頂き、遊女のお下がりを着て扇舞を舞った。
本当は剣舞の方が得意だったが、もう何年も舞っていない。最早扇の方が手に馴染んでしまった。
体は華奢ながらも男の線を描き、当初のように少女だと偽ることも無理となった。
しかし贔屓の旦那方は私の舞を望んでくれる。嬉しいことだ。
舞えるうちは此処にいられる。
あの子を養ってやれる。
伏木蔵との出会いはあの子が生まれた瞬間だった。
遊女の一人が産気づいたと思ったらぽんと生まれてしまったのだ。まるで母が話していた私のように。大口を開けて明るく笑う姿を思い出した。
女は腹の中の存在を知りながら隠していたのだろう。とは言っても遊女だ。毎夜客を取る生活の中腹の膨らみを隠し、そして生んでしまうとは!私は密かに招かれた遊女屋御用達の医者殿の手伝いをしながら、感嘆した。
母親となった遊女は元気な子供の泣き声を聞き、安堵した様子で目を閉じた。そして次の日、静かに息を引き取った。
困ったのは赤子の行き先だ。
女子であれば遊女見習いとして禿部屋に送られたかもしれないが、生まれたのは男子だった。
下働きは足りている。男手も私と、用心棒が幾人か。さて人買いに売るか放り出すか。悩む主に、私は頭を下げた。
『主様、どうかこの子、私にくださいませ』
『お前に?どうする気だ』
『どうって、育てるにきまってるじゃありませんか』
怪訝な顔の主に、精一杯お願いする。五年も付き合った仲だ。しかも私の舞は思いの外評判が良いようで、話の種にと遊女屋に訪れる客も増えていた。
私は一回も言ったことのない我儘を、今こそ使うべきだと思った。何、失敗すれば野に帰るだけさ。生きているかは別として。
『私も人として子を持ってみたいのです』
『ふむ…』
『勿論、子が出来たからと言って舞を疎かには致しません。それどころか生き甲斐が出来て、より精が出ますでしょうとも』
『…よし、お前がそこまで言うなら、育ててみたらいい。だがな、ひとつ約束しろ』
『約束、ですか?』
『その赤子を育てる代わりに、お前、死ぬまでこの見世で舞うと約束出来るか』
普通の遊女屋は知らないが、この見世は売られた際期限と額が言い渡される。期限が明け額が貯まれば遊女は晴れて自由の身となれた。とは言えその額が貯まる遊女はほんの一握りだったが。
客を取らないとはいえ扇舞は見世の名物となっていたし、御大尽方の宴に招かれることも多かった私は、すでに年が明けるのを待つばかりであった。何処かの傀儡子へ入ろうと伝手を辿ってもいた。
解放の期限が近づいていた今、主はどうにかして私を引き止めたかったに違いない。
主の言葉は死刑宣告にも等しいものだった。
この子を育てる為に野へ出る望みを捨てるか、そう問われたのだ。
各地を放浪し、狩りをして舞いをして、自由に生きていた。
母の歌声、闇夜に舞う焚火の火の粉、仲間達と客の笑顔。
私は五年の間それを夢見て生きてきた。舞ってきた。
『喜んで』
ならば今度は、我が子のために舞おうじゃないか。
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