おはなし | ナノ
立花の火
「魅入られたか」
すました顔で笑うその端正な顔を力いっぱい殴りたくて拳を握ったけれど、三年の年月は果てしなく大きく私の前に立ち塞がった。拳どころか指一本、皮膚と皮膚が触れ合うことさえなく私は地面に仰け反っていた。
「怒るな、火の玉小僧」
ニヤニヤニヤニヤ。
意地の悪い顔で笑うあの顔の向こう側、遠くの山で踊る火、火、火。
ゆらゆらと夜店で揺れる金魚の尾のように優美でありながら、未だ仕掛けた爆薬がドォンと騒がしい音を立てている。
今頃あの屋敷では、どれだけの人間が熱を感じているのか。
爆ぜる音も焼ける音も間近で聞こえてきそうなほどの迫力に、けれど犯人はそんな熱など微塵も感じた様子なく、山の赤に背まで向けて私をからかっている。
「あんなおどろおどろしいものに魅入ることが出来るとは、やはりお前は立花の子だなァ」
「魅入られてなど、」
「存外、お前にはこちらの方が暮らしやすいかもしれんよ。全部、燃やせばいいんだから」
端正な顔が心底楽しそうに歪むのを見て、私は再度拳を握った。
「誰が、貴方のようになるものか」
「そうかいそうかい。なら私に触れるなよ。触れたら最後、火が移るぞ。私が父から得たように、父が祖母から得たように」
肉を焼いて骨を焼いて胃の腑を焼いて心も焼き尽くす火が、お前もお前の周囲も焼き尽くしてしまうだろうよ。
そう言ってただ一人の兄は、焼け爛れた右手にゆっくりと包帯を巻きなおした。
- - - -
火に魅入られた一族のお話。
右手の火傷に血筋以外が触れると身が燃える。血筋が触れると心が燃える。けれど触れずにはいられない。
最後は全部燃えて、灰すら残らないことも、知っているのに。
立花くんちの兄は弟を燃やす気はないので、その後勝手に忍術学園に送ります。弟は兄が自分を捨てたと勘違いして溝は深まるばかり。それでも血が火を欲するからと、武器は宝禄火矢。決して、兄が好んで使っていたからではないのです。だって自分は、兄が大嫌いなのだからと言い張る弟。
何のために兄が、魅入られてもいない火を身に受けたのかも知らないで。
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