おはなし | ナノ 花は根に



「好きよ!大好き!」


彼女は花の化身です。種の頃からずっと見てきたあの人に恋い焦がれ、遂に通りすがりの神様にお願いして、一日だけ人間にしてもらえました。
彼女はふんわりとした薄紅色の衣に身を包み、まるでお日様をいっぱいに浴びているようにきらきらとした笑顔で彼の前に現れ、恋心を告げました。
そして彼の方も、なんとも美しい、その不思議な乙女に、一目で恋をしてしまいました。

花の乙女と想い人は、まるでそうあるのが当然であるかのように手に手を取って学園を逃げ出しました。
何せ彼女が今日一日という約束で契約した神様は、学園を出る事が出来ないのです。ここを出てしまえば、もう花に戻されることもないでしょう。
そして彼の方は、実は学園に恋人がいたのです。ですがその恋人よりも彼女を選んでしまった今、とてもじゃないけれど学園にはいられません。彼はある意味で誠実で、義理堅くありましたので。


さて、花の乙女と想い人の逃避行。
果たしてどうなることなのやら。








ところで花の乙女と契約をした神様ですが、名を名字名前といい、普段は忍術学園の一生徒に扮して学園を守護する土地神でありました。
土地神はその地を加護する強大な力と引き換えに、決して学園の敷地とされる山より外へ出る事は出来ませんでした。
ですが土地神は一向にそれを悔いたことはありません。何故なら彼は山を愛していましたし、山に生きる植物や動物、それに学園に生きる人々を大好きでしたので。
普段生徒に扮していますのも、そうしていると生徒達が「名字先輩」「やあ、名前」と楽しそうに話しかけてくれる
からでした。

そんな名前はある年、とある学年に扮していた折に友人として親しくなった生徒の一人に愛を告げられました。
そのときには既に名前も相手を慕わしく思っていましたので、土地神という事実を黙ったままそれを受けました。真実を告白する気はございましたが、いきなりでは相手も大層驚くだろうと気を遣ったのです。

それから数年。土地神は山と同じくらいには歳を積んでいましたので、数年とはいっても名前にとってはそれほど長い間ではありませんでした。それどころか恋人と過ごす毎日は一刻すら一瞬に思えるほどでした。名前は彼をすっかり愛しておりましたし、それは彼も同様のはずでございました。
そんなある日、名前は中庭に小さな野花が咲いているのを見ました。薄紅色の可愛らしいその花は、小さな体いっぱいに誰かへの愛を湛えています。名前はなんだかその姿が自分と一緒だな、と微笑ましくなって眺めていると、彼女の願いが聞こえてきました。
元々人間になる技というのは大層複雑なものでございまして、そうおいそれと使えるものではありません。山の支障にならない程度の力を捏ねて固めたものが名前の器でした。それでもぎりぎりの力を使っていますので、もう一体、と気軽に作れるわけもなく。考えた末、名前は自分の器を彼女に一日だけ貸し与えることにしました。


「これを君に貸してあげよう。だけどいいかい?僕にとってこの器は宝物だからね。君にそう何日も貸していることは出来ないんだ。だから今日一日だけ、この器で君を人間にしてあげる。日暮れにはここに戻って来て、元の花に戻ると約束出来るかい?」
「ええ、それでもいいわ!彼に好きと言いたいの!」


花の晴れやかな声に、名前も嬉しくなって笑顔で器を貸しました。
忍装束を着ていた男の体が、煙に巻かれたかと思うと瞬時に美しい薄紅色の衣を纏った乙女になります。
元々花が植わっていた場所には、代わりに白い小さな花が控えめに揺れています。
乙女はその花に目もくれず、一目散に駆けだしました。何せ約束の刻限は日暮れまでですしね。








白い花は風に吹かれてゆっくりと揺れます。
まるでまどろむように、まるで恋人との逢瀬を待ち望むように。


(明日は一緒に茶屋に行く約束だし、そう遅くならないといいな)


愛の告白、上手くいくといいですね。




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