おはなし | ナノ
03 彼女のためのライトアップ
「ほら、綺麗でしょう」
「うわぁぁ!」
ぶわりと風に舞う桃色を見て、僕は歓声を上げた。
そんな僕に得意そうに笑った姫様は、後ろに控える男女の側近に少し離れているようにと命じた。見慣れた彼らは姫様付きの護衛で、はいはいと苦笑して下がっていった。何処か、こちらの姿は見えるけど声は聞こえない位置に移動してくれたのだろう。
それを確認して姫様は満足げに鼻を鳴らすと、おもむろに僕に向き直った。
「ねぇ、名前」
「はい?」
「名前さえ良ければ、ずっとこの城に…いいえ、お父様じゃなく私の侍医になってくれないかしら」
「殿のご病気も最近はすっかり治まりましたし、今の僕はほとんど姫様の専属かと思いますが…」
「違うわよ。お父様を経由してじゃなく、真実私の部下になってほしいと言っているの。…これはずっと先だと思うけど、いつかは嫁ぎ先にも付いてきて私の子供達を診てちょうだい」
「でも姫様、僕は」
「私、貴方の主になりたいわ」
僕の言葉を遮り、姫様は真剣な顔で告げた。
姫は殿の持病を引き継いだのか生来体が弱く、今も産まれ持った病を身に宿して生きている。最近は処方が体に合っているのか発作を起こす事もないが、子供も同じ体質を引き継ぐ可能性は高い。
「名前、私と私の子供を、貴方になら託してみたい」
戦場に出て血と情報をその手に握り、集団を率い生かすことを求められているかの方。いずれ殿の選ばれた夫君に嫁ぎ、従い添うことで家を助けることを求められている姫様。
事情もあり方も違うが、どちらも生きるために戦っているからだろうか?
姫様の瞳は、時折かの方と同じ色をする。
…この方を主と仰げば、かの方のことを忘れられるだろうか。己の吐いた嘘を仕方がなかったと諦められるだろうか。
ああ、でも、無理だ。
「姫様、申し訳ございません」
姫の後ろで、月明かりに一層強く光る、あの桜を見てしまっては。
「…まぁ、すぐに了承を貰えるとは思ってなかったもの。気長にいくわ」
「僕、少し頭を冷やして帰りますね」
「ええ、ええ。冷静になって早く私の申し出を受けなさい」
つん、と拗ねたように扇子を振る様子に苦笑しながら、いつの間にか戻って来ていた護衛の二人に姫様をお返しする。その際僕の顔色を見て心配そうな色を浮かべてくれる辺り、随分と打ち解けた気がして嬉しくなった。
遠ざかる三人を見送って、それとは反対方向へ足を向ける。僕に与えられた部屋にも少しばかり大回りになるけれど、このぐるぐるした気分であまり夜番の人に会いたくない。
「主、かぁ」
ぽつりと呟いた僕の耳に、
「お前の主は私だろうが」
不意に聞こえた、懐かしい声。
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