おはなし | ナノ
01 儚く、妖しく、それでいて美しく
「では名前、そのように煎じよ」
「はい」
平伏したまま答えると、頭上で小さな衣擦れの音がした。
向かいの御簾越しに見えた影が別室へ移動したのを感じて、ふっと肩の力を抜く。そのままへたり込んでしまいそうな僕へ、頭上から今度は鈴を転がすような声が降ってきた。
「まぁ、名前。そんなに体をガチガチにして。まだお父様に対して緊張が抜けないのね」
「姫様…」
「今日は私に喉の薬を煎じてくれる約束でしょう?このあいだ熱が出たときの薬みたいに、甘いのがいいわ」
「あれは姫様が苦いのは絶対に嫌だ、死んでも飲まないとおっしゃられたから貴重な蜂蜜を混ぜて…なんですか、その顔は」
面を上げた僕を見て、姫は美しい顔を隠しもせずににやりと笑った。
「この城へ来て一年と少し、ようやく私には慣れてきたようね。城へ来たばかりの頃はお父様はおろか私相手にも平伏して決して顔を上げようとしなかったもの」
「不遜な態度が過ぎましたでしょうか」
「いいえ。気安くなったようで嬉しいと言っているのよ。貴方の主にはまだ追いつけないのでしょうけどね」
「僕の主は城主様です」
「ふふふ、うそつき」
華奢な体を竦めて笑む彼女の仕草や表情は、僕が忘れたくとも忘れられぬかの方によく似ていた。
けれど決して、代わりにはならない。そういうものだ。
「ええ、僕は大嘘吐きなのです」
そういうものだと、心が叫ぶのだ。
prev/top/next