おはなし | ナノ 人形芝居18



「座っても?」
「ええ、どうぞご自由に。茶も酒もお出し出来ませんが」
「仕事中だからね。構わないよ」


ふふふ、と笑いあう。相手のことをまるで信じていないという事が丸分かりな様子が、いっそ清々しかった。
あまり歓迎したくない相手だが、初めほどの恐怖はない。ごく狭い意味において、誠実だと判断出来た。


「先日はすまなかったね。伝達に齟齬があったようで、君に迷惑をかけてしまった」
「あの後、主様にはお会いに?」
「君の言葉通り、ちゃんと主殿の本宅へお伺いしたよ」
「…主様は、なんと?」
「それは言えないな」


包帯から覗く目が、すっと細まった。
聞いてはまずいことだったか。


「でも、君には色々と失礼を働いたからね。ちゃんと謝っておこうと思って」
「明石さんは、お仕事だったのでしょう。結果的に私は無事でした。お気になさらずとも、結構です」


だからもう二度と会いに来てくれるな。心臓に悪い。
言外にそう伝えたのだが、明石さんはのんびりと首を振った。


「そういうわけにもいかないさ。我が主はそういう事に厳しい」
「それはなんとも、情け深い主様ですこと」
「だろう」
「ところで明石さん、おいでになった用事は済みましたでしょう。先ほどから戸の外で貴方をお待ちの方がいるようですけど」
「…これは驚いた。君、よく気付いたね」


本当に舞手かい?にっこり笑みながら首を傾げる男に、あの時と同じ闇色の気配を感じて背中がぞぞっと粟立った。
それでもそれを表に出すまいとしたのは、少しの矜持と、あとは…なんだったのだろう。


「だって階段の軋む音がしましたもの」
「……これは、灸を据えてやらないといけないかな?」
「程々にしてあげてくださいませ。私、耳は良いのです」


長年この奥まった部屋に住む内に、耳をそばだてる習慣が出来ている。決して相手が悪いわけではない、と思う。
微かな音だけど、ぎっぎっと、あのあえて直されない階段を踏み、廊下を歩いて来るのが聞こえた。
そう告げると、冷たい気配を収めた闇そのものの様な男が首の後ろを掻いて眉を下げた。
そうすると、意外に可愛いかもしれない。


「参ったな。君がとても気になって仕方がないよ」
「あら、ではいつか、お座敷に呼んでくださいな」


でも残念。
正直、もう関わりたくないのが本音である。


「スリルとサスペンスな人生は、もう十分なので」



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