おはなし | ナノ
諸君賢く在れ 見知らぬ後輩から頂戴したチョコと愛を胸に笑う
「さて、これをどうするかだな」
仲間に非情なる『制裁』を決行した【モメン】リーダーは、校舎裏でころころと深緑の台車を転がしながら考えた。ヘリはもう来ないし、そろそろ放課後で浮かれた生徒達も帰る。このチョコは存在意義を無くしかけていると言えよう。
残った仲間達の分と合わせると、かなりの数になってしまう。これを全部食べるとなると鼻血とメタボを覚悟せねばならない。
どうしたものか、と考えるリーダーが校舎裏に来たのは、せめてここで行われる告白合戦を阻止してやろうという周囲からしたら悲しい行為のためであった。イケメン爆ぜろ。その精神で彼はこの日以外の364日を生きている。悲しき【モメン】なのだ。
「名前先輩」
「ん?」
そんな黄昏るリーダーに、声がかかる。
今日は【モメン】に関わるな、というのは上級生の間では暗黙の了解であったため、少々驚いた。しかも普段『リーダー』としか呼ばれない自分の名前を知っているとは…リーダー、いや名前は相手を見つめた。
「名前先輩、探してました」
「俺を、か?」
「はい。一階に行ったり屋上に行ったり、目撃情報が沢山あって大変だったんですよ?」
ふわふわの髪を揺らして微笑む女生徒に見覚えはない。先輩、というくらいだから後輩なのだろうが…。
「君は?」
「私は、さ……鉢屋みつです」
「鉢屋…」
なんだか何処かで聞いたような気もするが、元々自分は女子との接点が無いので気のせいだろう。それにこんなに可愛い子、一目見たら忘れられない。
だからこそ、そんな子が自分に何の用だろう?名前は訝しげに女生徒に近付いた。勿論痴漢などに間違われないよう、間に台車を置く事を忘れない。【モメン】の悲しきサガである。
「で、な、何か用事だろうか」
「あの、私、名前先輩に」
「…ちょっと待ってくれ」
なんだかピンと来て、女生徒、鉢屋みつの声を遮ってしまう。
こんな可愛い子が自分に話しかけてきた理由…一つしかないじゃないか。手元のダンボールに目をやり、名前はふっと自嘲した。
ダンボールの封をばりばりっと剥がすと、適当に可愛らしい包装の忌々しいそれを一個掴み、鉢屋みつに差し出す。
「ほら」
「え?」
「これが欲しかったんだろう。持っていけ」
「あの…」
「大丈夫、まだ放課後になったばかりだ。相手の男もまだ校内にいるさ」
【モメン】は基本的に男相手は問答無用だが、女の子相手では弱い。せめてチョコを買い占めて逃げるくらいが関の山だ。
だが鉢屋みつは戸惑ったようにそのチョコを見つめ、首をふるふると振った。
「違うんです」
「ん?」
「あの、私は名前先輩にこれを受け取ってもらいたくて…」
そっと彼女が差し出したのは、後手に持っていた白い箱。何の装飾もないシンプルなそれは、製菓店などでケーキを詰めてくれるアレだった。
「ちょっと走ったから崩れちゃったかもしれないんですけど、頑張って作ったんです」
「で、でもこの近辺のチョコは数日前から買い占めて…」
「チョコは昨日、知り合いから奪…分けて貰って、あの…駄目、でしょうか」
「だ、だめ?」
「やっぱり、受け取ってもらえませんか?」
「い、いやいやいや!喜んで!喜んで受け取らせて頂こう!!」
がっと思わず両手を掴んでしまってから、ばっと離ししまったとわたわた慌てる彼にどう思ったのか、鉢屋みつは頬を赤らめておかしそうにくすくす笑った。よかった。少なくとも痴漢だとは思われていない。
「じゃあ、名前先輩もくださいますか」
「え、な、何をだ?」
「それ」
そう言って鉢屋が指差したのは、未だ名前が持っていたチョコ。先ほど勘違いして渡そうとした可愛らしいピンク色のそれを、鉢屋みつはくださいと手を差し出す。
「べべべ、別に構わないが…」
「本当ですか?名前先輩からのチョコ…嬉しい」
「ほほほほほっ、ほら!」
半ば押しつけるようにしてチョコを渡した名前は、そのまま踵を返すと「じゃ、じゃあな!」と台車を置いて走り去ってしまった。【モメン】には必要以上の女の子との接触は毒だ。
だから真っ赤になって泣きそうな名前を見送りながら、鉢屋みつが薄く笑ったことを知り様もなかった。
「おい雷蔵」
「ひゃっ!?三郎?またそんな恰好して…僕と同じ顔でやめてよ…」
「これを見ろ」
「何それ…チョコ?あれ?でもチョコは大半あの先輩方が回収してったんじゃなかったっけ」
「だから直接貰って来た。名前先輩にな」
「ええ!?」
放課後、五年の教室で一人ぽつんと、未だ帰らぬ友人達を待っていた雷蔵は背後から忍び寄って来た友人の姿に目を丸くした。ふわふわのロングヘアが可愛らしい女生徒は、まさしく待ちぼうけしていた友人の一人だ。
「ところでハチ達は?」
「ハチと勘ちゃんは担任に呼ばれて出てるよ。兵助は分かんない」
「ああ…あいつは幸せそうだったから放って帰ろう」
「えー?いいのかな…」
「いいって。私は早く帰ってこの戦利品を堪能したい」
「三郎発言が変態臭いよ…そんなに名前先輩に貰えて嬉しかったの?」
「ああ。私が渡したのを受け取ってもらえたらいいと思っていたが、まさか貰えるとは…これだから名前先輩は面白い。早く私に落ちないものか」
「名前先輩、可哀想に…」
こんな変態に狙われて。
ぽつりと溢した雷蔵の心からの同情に、何処かで誰かが盛大なくしゃみを溢したのだった。
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