おはなし | ナノ 拍手ログ08/彦四郎



「彦くん、迷子になったら大変だから俺と手を繋いでおくれ」


学園長にお使いを頼まれた僕は、同じく近くを歩いてたからという理由で巻きこまれた五年生の名字先輩に手を差し出された。この辺りは人が多く、そりゃあ手を繋いだ方がいいんだろうけど…。


「名字先輩、僕、これでも優秀ない組です!」
「うん、そうだね。彦くんはいつだって真面目な良い子だ」
「だから、僕、迷子になんかなりませんっ」
「うん、そうだね。さあ手を繋ごうか」
「僕の話聞いてますか!?」


正直、名字先輩はあまり接点のない方だ。委員会は違うし、五年生。唯一同じなのはい組だということぐらい。なのに何故名前を知っているかといえば、尾浜先輩の友人だそうで、時々委員長委員会の最中に伝言に訪れるのだ。


「さあさあ、その小さな手をお出しよ」
「ちっ!?ぼ、僕の手はそんなに小さくありません!」
「俺の手よりは小さいからなあ」


そう言ってまた突き出された手は、なるほど、僕のよりも大きい。普段筆や箒ばかり持つ僕のまだまだ柔らかい手とは違い、名字先輩の手は新しかったり古かったりする傷が一杯あって、掌なんて肉刺が裂けて硬くなってでこぼこしている。


ああ、五年生の手だ。


「…先輩は、五年生なんですね」
「なんだ今更。彦くんの手もそのうちおっきくなるよ」
「そのうち、ですか」
「ああでもごっつごつでむっきむきの彦くんてなんか嫌だなあ」
「そんな風にはなりません!」
「そ?うん、ならいいけどね。さあ手を繋ごう。遅くなったらおばちゃんの美味しい夕飯が食べらんない」
「それは嫌です」
「だろう?だからほら」


ずい、と目の前に出てくる手をそっと取ると、名字先輩はにっこりと満足そうに笑った。なんだかそれに気恥ずかしさを感じたけれど、そんな繊細な情緒、この先輩が気付くはずもない。
止まっていた足を進め、再び目的地へと向かいだした僕と先輩。高くなった日が映す影は、手の辺りでくっきり繋がっている。
なんなんだろう、この先輩は。今日だってこんな簡単なお使い、断ろうと思えば断れたのに、嬉々として付いてきた。いつも尾浜先輩に会いに来るときだって、頭を撫でてきたり、お土産を持ってきたり。…そりゃ、庄左ヱ門にだって持ってくるけど。でも、いつだって一番に挨拶してくれるのは自分だ。
悶々として歩いていると、いつの間にか名字先輩が僕を見ていた。その顔は真剣で、なんだかどきりと胸が鳴った。


「なあ彦くん」
「…なんですか」
「こうしてるとまるで恋人同志みたいだねごふっ」
「せ、せ、先輩の馬鹿ぁぁぁぁ!!」


瞬間的に顔に血が上った僕は、名字先輩の鳩尾に拳をぶつけて逃げ出した。
なんなんだ、なんなんだ!いったいあの先輩は何が目的で、こんなに僕を振り回すんだ!名字先輩に会ってから、優秀ない組のはずの自分が崩れて行く気がする。ふと、先輩の手を思い出す。一年生よりも傷だらけで、肉刺が潰れてでこぼこになっていた手。僕よりは硬いけど、プロの忍者よりは柔らかいだろう掌は、まさしく上級生の手だ。あの手が僕の頭を撫でるたび、なんだか思考がぐちゃぐちゃになって、僕が僕でなくなるんだ。


(そうか、あの手が悪いんだ!)


全部、ぜぇぇんぶ!あの手が悪い。心地良い優しさで僕を撫でてくるあの手、壊れものみたいにそっと僕の手を握って来るあの手が、全て悪いに決まっている!



真っ赤な顔で暴走する僕は、自分が今何処にいるかなんて知るはずもなく。その後迎えに来てくれた鉢屋先輩達をまともに見ることも出来なかった。



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