おはなし | ナノ サバイバーの帰還3



『ほら、これとか最奥で見つけたんだ。なんか綺麗だろ』


懐から取り出したのは、いつも紐を通して首から下げている古びた指輪。蔦が絡まったようなデザインの先には俺が破壊した扉についていたのと同じような紋章があった。扉とこの指輪の紋章、更に不思議な古代都市跡を見て、俺はあそこがダンジョンの最奥、皆が目指している場所なんだと感じ取った。


『でもさ、最奥まで行っても何も起こらなかったんだ。きっとダンジョンの枝分かれした道の先、危険すぎて近づけなかった所とかに鍵か何かがあるんじゃないかな。でも俺はとてもそこまで行けない。だって死にたくないから』
『では…』
『お前らに行けなんてことも言えない。だって死んでほしくないから』
『!』


おっさんに追いかけられることがなくなってから暫く、俺は人間不信で誰からも逃げて回った。サバイバル鬼ごっこ中に発見した食料を食いながら小型モンスターと縄張り争いする内俺もモンスターと間違われたりもした。それぐらい半野生化していた当時の俺。
孤独なダンジョンでの生活中、思いだすのはいつだって最後に会ったあいつの泣く姿。そうしてあいつの泣き声と被るように聞こえる挑戦者の泣き声に意識を取り戻す日々の中、いつの間にか俺はそんな挑戦者を助ける生活をしていた。まぁツアーと銘打って貰えるもんは貰いましたが。
そうやって過ごして、いつの間にか集まっていたこの家族達。最近は記憶の中のあいつも、おどおどと嬉しそうな笑顔。そうだな、あれは俺が手作りの腕輪をあげたときだ。そんな風に穏やかにあいつを思いだせるこの日々を、俺は気に入っていた。そしてそんな日々をくれたこいつらを、むざむざ死にに行かせたくはない。


俺の考えに、皆押し黙って、深く頭を下げてきた。なんだなんだ、気味が悪いからやめてくれ。いつもみたいにいい加減な俺を叱ったり茶化したりしろよサブイボ立っただろ!


『ホホウ、君はそういう考えを持っていたのか。そうかそうか。よし、君に決めたぞ』
『は?』


聞き慣れた声が発したおかしなセリフに、俺が首を傾げた瞬間、世界は色の洪水を起こした。








…と、まぁ。そんなこんなで、冒頭へ。
集落の仲間達と共に外に出れた俺は嬉し恥ずかし懐かしの娑婆に感動して毎日これが夢じゃないんだと確認して回り、それを知っている周囲は苦笑して仕方ないなと言い、街の皆は『ダンジョン攻略者』としてちやほやしてくれているわけだ。なんでもダンジョン攻略者がいると必勝祈願の旅人が増えるらしいよ。世の中って循環している。

「あーあ、あとは早くバルバッドに帰りたいなぁ」

俺の生まれ故郷、泣き虫なあいつがいるあの国に。
なんでも今は船が出ていないらしくて無理だと執事さんと皆に止められた。俺の乗っていたあの貿易船はどうなったんだろう。あの大きな身代がたかが十二年で崩れるわけはないと思ったんだけど。
なんにしろ今は娑婆を実感しながら、執事さんが船に掛け合ってくれるのを待つばかりだ。いざとなったら小型の船さえ用意してくれれば自力で帰れる。まだ潮の読み方は忘れちゃいない…はず。といっても当時も見習いのぺーぺーどころか、バイト船員だったんだけど。


俺の呟きを耳にした警備兵が、一層俺をせかしてきた。はいはい屋敷に帰りますよー。皆だって好き勝手出かけてるじゃんケチー。


俺は警備兵の顔が青くなっていたことも、執事さんがなんとか俺のバルバッド帰りを阻止しようとしていたことも、そもそもバルバッドが現在どんな状況になってるのかも、何も知らなかった。ただただ久々の娑婆に気が緩み、嬉しさに眩暈さえしていたんだ。





サブマド、もうすぐお前に会えるよ。大きくなったお前はどんな風に育ったんだろうな。いつもこっそり会っていた庭園は忍びこむのが大変なほど広かったから、お前は大金持ちの子なんだろうな。今頃国の高官になってたりして。
どうせお前はいつもみたいに泣いちゃうだろうから、俺はダンジョンで拾った綺麗な石をあげる。だからすぐに泣きやめよ。そんで昔みたいに、俺の頭を撫でて、お帰りって言ってくれ。


「ただいま」って、お前が好きだって言ってくれた満面の笑みで言うから、さ。



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