おはなし | ナノ 流しっぱなしの愛情2



「さて、と」


俺の訴える念も空しく、少年は今日も美味しそうな饅頭を木の根元に埋めた。
そして俺を持って、近くを流れる川に向かうのだろう。俺を綺麗に洗うフリしながら、ぽたりぽたりと流れる雫を誤魔化すのだろう。そうしてまた、明日も明後日も明々後日も「おまえ」を待って……



待って、どうするんだよ、ばかはちや



「あっ」


俺は渾身の力を振り絞って細い指から逃れた。皿の身でこの身のこなし、さすが俺。褒めろ讃えろ俺様の最後の雄姿を。
最後の、な。


カシャンッ


軽い音を立てて俺の身体は呆気なく粉々になった。視界が割れて見えにくいったらありゃしない。そういや何処で物を見てたんだろう今更ながら気になるぞ。
割れた俺を見て呆然とする鉢屋の顔が目に入る。まん丸の目は年相応で、まるで不破が驚いた時みたいだった。いや、変装してんだからそう見えるのは当たり前なんだけど。
段々と青褪めて、はっとして慌てたように俺に伸びてくる手。俺はこれが好きだった。神経質なこいつの指先は、実は不破よりも細くて綺麗だ。それが俺の頬を撫でるのが好きだった。祠で二人してこっそりおやつを食うのが好きだった。俺の用意した皿に毎日交代で持ってきたおやつを乗せて、幸せそうなこいつの顔を見るのが好きだった。


「待て、だめだ、割れるなばか」


震えるような鉢屋の声が俺に落ちる。泣くなって言ってんだろ、馬鹿。お前の笑顔が見たかったんだよ。無い接点無理矢理作ってまでおやつ仲間になったのも、実習帰りに美味いって評判の甘味屋へ寄るのが習慣になったのも、専用の皿を選ぶのにそれこそ丸一日使って一緒に町に行った友達にぶちぶちと怒られたのも、危険な忍務の候補にお前の名前があることを知って代わりにと志願したのも、全部、全部お前が笑ってくれるならって。


「お、前は、また、私を置いていくのか!」



泣かせたかったわけじゃ、ないんだ。



「私は、まだお前に、…っ」


毎日こうやって待ち続けて、そんな顔させるくらいなら、忘れてくれ。俺とのことを、なかったことにしてくれ。
そう思ったのに、霞む視界の中で細い指先にざっくりと傷をつけたのは、やっぱり俺を忘れて欲しくなかったからなんだろうな。こんな皿に意識が移ってたことといい、相当女々しいな、俺。せめてその傷痕が、俺の代わりにずっと残ればいいのに、なんて願ってしまうんだから。
消えろ、消えてくれるな、笑え、ないてくれるな。ばかはおれだったな、ごめん。



流しっぱなしの愛情



ごめんなはちや、おればっかりしあわせで。



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笑ってくれないなら、いっそ君に消えない傷をつけたい、なんて。
これにて閉幕です。お付き合い下さりありがとうございました。



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