おはなし | ナノ
嘘吐きと豆腐4



結局あの犬がどうなったかは分からないまま、月日は過ぎた。
あの一件以来、何故か名前を見かけると近づくようになってしまった兵助。今日も真新しい瑠璃色の制服を揺らして、池の傍に座る名前に駆け寄った。


「名前先輩!」
「走ると転ぶぞ、豆腐小僧」
「久々知兵助です」


何度言っても名前を覚えない名前に、何度目になるか分からない答えを返す。
何度目に会った時だったか、食堂で美味しそうに豆腐を食べる姿を見られて以来、名前は兵助のことをそう呼んだ。いい加減、ちゃんとした名前を覚えてくれてもいいのに。


「で、同時に馬鹿って叫んで先生に引き離されました」
「ははは。豆腐もその子も元気だな」


最近あったことを話していたはずなのに、いつの間にか愚痴を溢していた。先ほどのい組とろ組合同授業で、ろ組の生徒と組んだこと。些細なことで言い争いになったこと。いつの間にかい組対ろ組の大喧嘩になったこと。


「竹谷なんて、嫌いです。馬鹿だし、無鉄砲だし、ろ組だし」
「僕もろ組なのだが…まぁそれは置いておくとして。なんだ、相手の子はハチだったのか」
「知ってるんですか?」
「僕の弟」
「えっ!?」
「だったらいいなぁ、と思ってる後輩」
「…先輩」


じとり、とした目で睨むが、名前はまったく堪えてない様子でいつもの様に「ははは」と声だけ笑う。顔も笑ってくれないだろうか。怖い。


「ハチが何かした?」
「アイツ、巣から落ちた鳥を戻そうとして、木から落ちたんです。ちょっと目を離した隙に」
「ふぅん」
「幸い怪我はかすり傷だけでしたけど、一歩間違えれば頭を打っていたかもしれません」
「ほう」
「でも竹谷は『鳥が巣に帰れて良かった』って笑って…私、かっとなって」
「殴っちゃった、と」
「……竹谷なんて嫌いです」
「大好き」
「は?」


どきりとした。名前は兵助が固まったのをどう捉えたのか、もう一度「大好き」と繰り返した。


「そんなに泣きそうな顔で言ったって、『ハチ大好き』としか聞こえないぞ」
「う、嘘だ!」
「本当です。ハチが心配だったんなら、ちゃんとそう言え。アイツ馬鹿だから気付いてないぞ、きっと」
「違います!私は、竹谷なんて…」
「嘘はいけない」


それを名前が言っても説得力は皆無だ。
呆れた様子の兵助に、名前は真っ黒な目を細める。


「嘘を吐くのは僕の役目だ。豆腐は僕に嘘をついてはいけない」
「そんな、理不尽な」
「暴君と日々過ごすとこうなる。さぁ、本当に嫌いか」


じっと見つめてくる暗闇に、兵助は目を離せない。
理不尽だ。本当に、理不尽だ。自分は嘘を吐くのに、他人のそれは認めないなんて!



結局次の日、八左ヱ門に友達認定されてしまった兵助の姿があった。



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