おはなし | ナノ
流しっぱなしの愛情1



「今日のおやつはなんと学園長秘蔵の一品だ。くすねてきた私への感謝と尊敬を噛みしめて食えよ」


唐突だが、俺は皿である。
綺麗な模様でも特徴的な形でもなく、ただ白いだけの普通の皿だ。好意的に見れば小ぶりで可愛らしい、悪意を持って見れば若干黄ばんでるとも言えよう。
おっと勘違いしないでくれよ。別に洗わず放置とかじゃないから。ただ使ってるとそうなるよねっていう自然の変化だ。
そんな俺の上には現在、抹茶色の饅頭が二つ仲良く鎮座している。


「私は饅頭はつぶ餡派なのだが、お前はこし餡でないと煩いからな。仕方なく、本当に仕方なくこし餡にしてやったんだぞ」


青空晴れ渡る八つ時。忍術学園の裏山にひっそりとある祠の前、小さな石段に腰かけた一人の少年が俺に語りかけてくる。返答を期待していないその言葉は俺じゃない誰かに向けられていた。


毎日同じように、八つ時になれば必ず何か持って現れるこいつ。今日の様に饅頭だったり団子だったり、時には本当に高価そうな南蛮菓子のときもあった。何者だこいつ。金持ちのボンボンか。
観音開きの扉の内に仕舞われている俺を取り出してはその土産を置き、誰かへと話しかける。そうして半刻もすると菓子を(あの高価そうなボーロだって!)木の根元に埋めてしまうのだ。勿体ないお化けが出るぞ。
その後俺は近くの川で綺麗に洗われ、元通り祠の扉の中に仕舞われる。話してる時とは打って変わって無表情の少年が去って陽が沈み、また昇ると、満面の笑みの少年が土産を持って現れる。俺の毎日はその繰り返しだ。


「そういえば今日、雷蔵がまた朝食をどれにするかで迷ってな」


少年は毎日楽しそうに「らいぞう」や「はち」、「へーすけ」に「かんえもん」といった面々の話をした。時に「しおえせんぱい」が煩かった、「しょうちゃん」も「ひこちゃん」も優秀ださすが私の後輩、「しんべえ」の頬はぷにぷにして楽しかった、「がくえんちょう」がまた面白…厄介な企画を考えてな、と他の人の話をするときもあったが、大抵毎日の話題は最初の面々だった。
「らいぞう」は迷い癖があるが大らかで優しい奴らしい。「はち」は時たま酷く馬鹿な失敗をするが生き物を大事にするいい奴らしい。「へーすけ」は豆腐が大好きな変人だが優秀な奴らしい。「かんえもん」は口煩いが委員会が同じで面倒見のいい奴らしい。聞くたび俺の知る少年の世界が広がった。どうやらこいつは口振りが皮肉で分かりにくいが、そいつらが大好きなようだ。


でも変だな。そんなに楽しそうなのに、こいつはいつだって寂しそうだ。


「お前も雷蔵を見てると私の気持ちが分かるぞきっと。何でもない実習ではらはらし通しだ」


たぶん、「おまえ」がいないからなんだろうな。
少年が毎日話しかける「おまえ」は、一度もここに来ていない。少年が帰った後も、たまに少年が来ない日も、俺の知っている限りずっとだ。
最初は少年がずっと話しかけてる相手が気になった。次に待ち続ける少年が段々可哀想に思えてきた。そうして暫くして、どれだけ待っても現れない相手が憎らしくなってきた。


おい少年、その誰かはもうここには来ないんじゃないのか。
俺はずっとここに居て見てきた。夜も朝も昼も、たまに来るのは動物だけで、人の子はお前以外誰一人来ちゃいねぇよ。
もう諦めろよ。いいじゃないか。そんな薄情者、忘れちまえよ。
そんな奴のために、俺を洗いながら泣くんじゃねぇ。






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