おはなし | ナノ
十数えたら5



「さぁて名前、そのままの姿勢でよく聞きなよ。僕はずっと言ってたよね?『留さんからの許しがない限り食べちゃいけません。我慢しなさい。さもないと』って」


目の前には木から逆さ吊りにされたボロボロの名前と、その頬を苦無でぺちぺち叩く伊作の姿。


「でも善法寺くん」
「でももかかしもありません」
「けどな、善法寺くん、いや善法寺大明神さま。今食満くんを食べとかないと、もうじき卒業して離れ離れだ。そうすると一齧りどころか一目見ることすら叶わないだろう。それは嫌だと考えた結果、いっそぱくっと食べたら後悔しないで済むし美味しいし、良いことずくめじゃないかということになった」
「留さん的には迷惑ずくめだと思うんだけど」
「人生は諦めも肝心だぞ」
「それは名前にこそ言いたいよ…」


がっくりと肩を落とした伊作の呆れたような溜息に、その後方で尻もちをついたまま呆然としていた留三郎の意識がようやく戻って来た。


「っい、伊作!」
「あれ、留さんようやく正気に返った?まったく災難だったね」
「なんでここに、」
「門くぐった瞬間富松が飛びついてきたんだよ。食満先輩が鍋になっちゃうって。結局富松からは混乱してそれ以上聞き出せなかったけど、ピンときたから、ね」


慌てて方角だけ指差させて追いかけてきたんだ。間一髪で良かった良かった、と笑う親友に、留三郎は脱力して地に伏す。
間一髪どころか余裕でアウトだ。というか料理は鍋に決まってしまったのか。色々突っ込みたい所もあったが、留三郎は痛む頭を押さえて自分が一番気になっていることを追求することにした。というかそれ以上はキャパ越えだった。
親友の向こう、ぷらぷらと逆さ吊りのまま相変わらず無表情で留三郎を凝視してくる名前に、我ながら情けないとも思えるような声で訊ねる。


「おい、名前…さっきの、」
「なんだい食満くん。というか善法寺くんは前々から俺に対して人一倍酷いと思うんだがどう思う食満くん。下級生にはとても見せられないような顔で俺を見るからね。般若どころかツンドラ。まだ虫を見る方が温かい眼差しをしているだろうに」
「おい名前」
「それは名前が悪いよ。幾ら僕でも親友を性的な意味で食おうとしてる奴に優しく出来ないってば」
「……せ?ちょっと待て伊作」


伊作の言葉に、留三郎は再度固まった。つまりつまり、名前が再三言ってきた「食う」とは…。


「名前曰く留さんのこと『食べちゃいたいくらい大好き』らしくて。さすがに親友が食われるのを呑気に静観もしてられないと思って五年の頃に夜這いしようとした名前を血祭りに上げて以来、言い聞かせてきたんだけど…」
「あの夜の善法寺くんはちょっとしたトラウマです」
「……つまり何か?名前、お前、さっき言ったこと、冗談じゃなかったのか?お、俺のこと、あ、あいっ…」
「愛してる?」
「あっさり肯定してんなよ馬鹿野郎!」
「留さん、顔が真っ赤だよ。もしかして僕、お邪魔だった?」
「まさかの吊り橋効果ですね分かります(`・ω・´)」
「うるせぇこれは怒ってるからだ!というか鉈持って迫られたら誰だって食人の方だと思うだろうが普通!俺の恐怖を返せ───!」


三人を照らす夕焼けよりも真っ赤に染まった頬のまま、留三郎の魂の叫びがきっかり十秒、裏々山に木霊したのだった。
余談だがその叫びを聞いた富松は「け、食満先輩の断末魔!?」と遂に泣いてしまったらしい。



十数えたら



その後吊り橋効果が表れたかは、ご想像にお任せします。



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落乱夢企画「時計の針が止まらない」さまに参加させて頂きました。
管理人のいさ様、締め切りを大幅にぶち破って申し訳ありませんでしたm(_ _)m
そして読んで頂いた方々、お付き合い下さりありがとうございます。

2010.12.31
うそつき/おろく



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