おはなし | ナノ
十数えたら4



「食満くんやーい」


助けてくれ伊作。今はおつかい先で不運連鎖中だろう親友に心の中で助けを求める。
俺が身を隠している木のずっと先で小ぶりな鉈をくるくる回しながら歩いているのは、同級生でそれなりに話せて友達の一人だったはずの奴で。いつも淡々としている割に冗談にも真剣に付き合ってくれるから、同級生内での評価は高かったはずで。不運な伊作を笑わず厭わず、トラブルに遭う俺達を鬱陶しがらずむしろ何処か楽しそうに手伝ってくれるような奴、で。


どういうことだおい。夢なら覚めてくれ。


もしやあれは妖怪の類で友達だったあいつは実はとっくの昔に食べられてしまっていたんだろうか。そう言われた方がしっくりくるしこの恐怖も幾らか安らぐだろうに。


「じゃあ、」


は、と気付いた時にはもう遅い。
木々の先に見えた焦げ茶色の髪が、俺の頭上から垂れてきた。


「う、わっ」


ずるりと足を踏み外して地面に落ちて行く最中、あいつはぺろりと自分の口を舐めて、両手を合わせ、


「イタダキマス」


鉈を持った名前が突然駆けだした。俺は地に叩きつけられる直前身体を捻り横向きに転がる。


ざくっ


地面に突き立った鉈。本気だ。こいつは本気で俺を食う気だ。
俺は今更ながらに背筋に冷たい物を感じ、体の命じるままに起き上がり後退する。伊達に六年じゃない。プロに近いとか言われてるくせに、こいつが本気かどうかを今の今まで疑ってたのは、俺の意識のせいだ。
今は皆同じ学園に通っていても、この先戦場で出会ったとき、裏切るとか裏切られるとか、殺すとか殺されるとかもありえるって、考えたことはあった。だけど、それがこいつに当てはまるだなんて、そんな馬鹿みたいなこと、思いつくわけないだろう?


だってあいつは、名前は、同級生で、友達、で。


俺の手から伸びた鉄双節棍と名前の振った鉈が鈍い音を立てて交差する。力の反動のままに後ろに飛べば、名前も後ろに飛んで木の上に着地した。見下ろしてくる目は相変わらず淡々とした無表情で、何考えてんのかちっともわかんねぇ。


「ところでずっと気になってたが何故に棍チョイス。カンフー映画的アクションが趣味なのか気になって夜も眠れやしないんだが。俺の知らない食満くんの一面ktkr!」
「きたこれ…?っつか俺もお前がまさか食人とかそんな悪趣味だったとは知らなかった。もう誰か食ってたりすんのか」
「いやいや、まさかそんな」


一合、二合、三合、話しながらも打ち合う俺と名前。
俺の棍、鉄で良かった。鉈相手に木製の棍とか瞬殺だ。
それでも徐々に体勢は悪くなる。ずるずると押されている。手離剣を投げる暇さえ与えられない攻防。
四、五、足元の土を蹴りあげて飛び退くが一息で距離を戻されて六合目。授業で組手やってるときだってこんな真剣にはならない。
一撃が重くて、腕が痺れてくる。こいつこんなに力強かったっけ。仮にも六年一緒の組だったのに、実力を測りきれてなかったのがなんとなく悔しい。


七、悔しいのは、思い知らされた実力差のせいだけじゃなくて。
八、今にも俺を食らおうとする名前の仕打ちにじゃなくて。
九、ずっと見てたのに悪趣味なことに気付けなかったことでもなくて。


「食満くんだけしか食べたくない。食満くんだけが美味しそう。食満くんだけが特別だ」
「っ、ははっ、告白みてぇなこと言うんだな」


十合目が打ち合わされる瞬間、名前が笑った。



「そりゃあ俺は、食満くんを愛しているから」








「は?」







驚きで固まった俺の口に食らいついた名前が、次の瞬間大きく吹っ飛ばされた。



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