おはなし | ナノ
嘘吐きと豆腐3
数日後、小屋の穴は綺麗に塞がれていた。
でもあの犬はいなかった。
「名前先輩!」
兵助は食堂へ行く途中、池の淵に佇む名前を見かけて駆け寄った。どうしても聞きたかった。あの犬はどうなったのか。あの犬は本当に毒を持っていたのか。先輩は本当に毒を持っているのか。
池を覗き込んでいた名前は眼だけ兵助に向け、また池を見る。
「名前先輩、あの」
「この池の底にはな、宝物が沈んでる」
「…はい?」
「満月の晩だけ姿を見せる。だがそれを守る番人もいるからな。夜に不用意に近寄るな」
盗人と間違えて喰われてしまうぞ。名前が淡々と表情を変えずに告げるので、背筋が冷えた。真っ黒い瞳が宵闇のように池を映す。まさか、本当に?番人って、幽霊?ぐるぐる回る思考にじり、と頭が焼ける。
「いてっ」
「だから後輩を虐めるなバカ!」
「虐めてない」
「嘘吐くな!」
伊作が腰に手を当てて怒り、名前は小突かれた頭を抱えて唸る。
兵助はぽかん、と二人を見つめる。伊作が申し訳なさそうに苦笑した。
「えっと、君はこの前の…」
「一年い組、久々知兵助です」
「久々知か。そういえば前、医務室に来ていたね。手の怪我は治ったかい?」
「え?あ、はい…それで、えっと」
今の話は本当ですか、なんて、い組のプライド的に聞けない。だが伊作は兵助が言いたいことを気付いてくれたようだ。
「ああ、名前は嘘吐きだから。こいつの話は半分くらい聞き流しておいて」
「うそ…」
「失礼だね伊作。ああそうそう、長次が探していたよ」
「…本当?」
「筆がどうこう言っていたね」
「ヤバッ、僕借りっぱなしだったんだ!教えてくれてありがとう名前っ」
「ははは。穴に気を付けたまえ」
慌てて去って行った伊作に手を振りつつ、名前は今度こそ兵助の方へ向いた。真っ黒な瞳が悪戯そうに細まるのにどきっとする。
「今頃長次はお使いの手伝いで金楽寺なのにね」
「…つまり、伊作先輩を騙したのですか」
「いやいや、ははは」
「……先ほどの池の話は?」
「ははは」
「………あの犬はどうなりましたか」
「食った」
「えっ!?」
「嘘だよ」
表情は無感動なのに、口調は完全にからかっていた。
兵助が文句を言おうと口を開いた瞬間、遠くから穴に落ちたらしい伊作の悲鳴が聞こえた。
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