▼26:魂を売った少女/三郎次

「池田ァ、ちょっと金貸して」
「○、お前またかよ!」

間延びした声の少女が突き出した手を、勢いよく払った。
それに痛がるでも眉を顰めるでもなく、○は「貸してくれよォ」とまた三郎次に手を突き出す。

「そう言ってこのあいだも借りてっただろ。先にそれ返せ」
「今度纏めて返すって」
「前々回も同じ事言ってたよな!?」
「まぁまぁ。さァ有り金全部出しなァ」
「追い剥ぎ!?っつか持ってねぇよっ」
「ジャンプしてみろよォ」
「カツアゲ!?」

一見金魚草のようにふわふわとした可憐な少女なのに、まるでヤクザ者のような言動で台無しだ。
その台無し具合にずっと付き合わされてきた三郎次は、うんざりと、ここにきてようやく温め続けた疑問を口にした。

「お前毎月何にそんな金使ってんの…?」
「あれェ、言ってなかったっけ」
「聞いてねぇよ。いつも貸してくれ、としか言わないだろお前」
「それでいつも貸してくれるんだから、池田ってお人好しだよねェ」
「ううう、うるさい!」
「別に褒めてねぇよォ」
「さっさと言えよバカァ!」

真っ赤になって(若干照れもあるのだろうが)怒る金ヅル、もとい三郎次を楽しそうに眺めた○は「アタシねェ」と口を開く。

「ここに来る前に魂を売っちゃって、今それを買い戻してる最中なのさァ」
「…は?」

魂を、売った?

「………吐くならもっとマシな嘘吐けよ」
「やァ、マジな話。一括は無理だったんで頼みこんで月賦にして貰っててェ。でも毎月ギリギリまでアルバイトしても、あとちょっと足りないんだよねェ。最初は友達に頼んで借りてたんだけど、滅多に返さない奴に誰も貸したくないだろォ?一年の半ばになるともういい加減誰も貸してくれなくなってさァ。どうしようかって困って手当たり次第貸してくれって頼んでたら、丁度通りかかった池田が貸してくれたんだっけなァ」

確かにこの少女との出会いは一年の半ば、長屋への道を歩いていたら突然飛んできた苦無によって壁に貼り付けにされた時だった。
驚く三郎次に突き出された手と「金貸して」の言葉、そしてそんな凶悪なことをしでかした犯人の可憐な容姿に浮かぶ鬼気迫る表情はきっと一生忘れられない。

「……本当?」
「あァ?」
「お前、本当に魂なんて売ったのか」
「うん」
「バカか」
「うっかり」
「バカだな」
「そうかなァ」
「バカだろ。っていうか誰に売ったんだよ魂なんて」
「なんか黒い装束着てるガイコツ。あ、コーちゃんじゃないよォ」
「見るからに死神じゃねぇかバカ!」

死神じゃなくとも十分怪しい。
なんでそんな怪しいのにそんな大事なもん売るんだよコイツは…!と盛大に呆れながらも、三郎次は懐から袋を出した。

「ほら、貸す」
「あれェ、持ってないって言ってなかったっけ」
「っ…わ、忘れてただけだ!別にそろそろお前が借りに来る頃だと思って用意してたわけじゃないからな!?」
「…池田ァ………お前、本当お人好しだなァ」
「う、うるさいバカァ!!」
「あははははははっ」

金の入った袋を投げつけられても、○は楽しそうに声をあげて笑う。笑いすぎなぐらい笑う。可憐な容姿に似つかわしくない程の大口を開けて笑う。
それを真っ赤な顔で睨みつけていた三郎次だが、ふと気になって険を緩めた。

「そういやお前、その魂売った金はどうしたんだよ」
「ははっ、はっ……金ェ?」



「そんなの、母ちゃんの魂買うのに全部使っちまったよォ」



▼25:落ちてゆく君の記憶/喜八郎

「穴を掘るたび、彼女のことを忘れてゆける気がするのです」

どうしてそんなに穴を掘るんだ、と聞いてきた作法委員長に、綾部はやはり穴を掘りながらぼんやりと答えた。

「彼女?」
「ほら、あの子です。くのたまの、私とよく穴を掘っていた子」
「お前と親しいくのたまなどいたか?」

首を傾げる先輩に、綾部も首を傾げる。

「いたでしょう。○ですよ。成績がよくなくて、よく作法室の片づけを手伝わされていました」
「作法室の?そんな生徒、私は知らないぞ」
「…おやまぁ」

綾部は穴を掘る手を止めて、穴の縁から覗き込む委員長を見上げ、そして笑った。


「肝心の私から抜け出ていかないのに、他の人の記憶は穴へ落とすとは。なんとも○らしいです」



▼24:昨日と今日の狭間で/勘右衛門

「かぁん」

舌足らずな声に名前を呼ばれて、俺はそうか今日はそうなったのかと目を開けた。
視界に映るのは夜着と布団、そして昨日抱き合って眠ったはずの恋人のあどけない笑顔。

「かんちゃー」

あどけなさすぎる彼は誰がどう見たってまだ年端もいかない幼子だ。
それが乱れた夜着の間から赤い鬱血や生々しい痕をチラチラと覗かせているのだから目も当てられない。今ここに事情を知らない誰かが入ってくれば、俺は稚児趣味野郎だという噂が瞬く間に広まってしまうだろう。

「かんちゃん、どしたの?」
「ちょっと想像したら泣きそうになっただけ。気にしないで、○」
「へんなかんちゃん!」

不安そうに眉を八の字にしていた○の頭を撫でれば、途端にご機嫌な様子できゃっきゃと抱きついてきた。それを両手で受け止めながら、俺はそっと溜め息を吐いたのだった。

○はとても不安定な存在だ。
年相応、14歳の姿をしている日もあれば、幾らか年上の姿の日もあり、かと思えばこんなに小さくなってしまう日もある。○が本当に14歳なのかすら分からないが、今のところ一番その姿でいるときが多いということで皆の間で○は14歳ということになった。
そういう奴は珍しくもない。
俺だって今でこそ14歳の姿で落ち着いているけど、ずっと昔、それこそ覚えてないぐらい昔はそんな感じだったらしい。
時折秀才キャラになる奴が「個性や年齢っていう設定が定まってない方が群衆(モブ)として都合がいいから、じゃないかな」と言って眼鏡を上げていたのが印象深い。ちなみにそいつは次の日裸眼をキラキラさせて虫取り網持って走っていた。

「かぁん」
「はいはい、なぁに?○」
「ふふ〜よんだだけ〜」

頭を撫でる俺の手にぐりぐりと押しつけながら、○はくすぐったそうに笑った。この姿になると思考も一段幼くなるようで、いつもよりぐっと素直に甘えてくる。

「きょーはゆっくりしよねー?ぼく、こしがいたいもん」
「ハイ…スイマセン…」
「がっくししないのー!」

がくりと布団に突っ伏した俺の頭を、今度は○がぺしぺしと叩いた。
まぁ恋人と一つの布団に寝てたらそうなるよね。若いんだもの。でもその翌日にもっと若くなることないと思うよ。いたたまれない…!!

○がこの姿の時に一緒になって朝飯を食べに行くと皆から「よう犯罪者!」とにこやかにからかわれるため、最近は避けている。いやほら、事情を知らない後輩達に知り合いが多く出来たしね。万が一にもキラキラした瞳で「その子誰ですか?犯罪者ってなんで?」なんてオーラ出されちゃたまんない。
幼い思考の○が「それはぼくらがこいびとだから〜」なんてにっこにこ花丸笑顔で答えてみろ。俺が短い間で築き上げた何かが確実に崩壊する。

「かぁん、ごめんねぇ?」

突っ伏したままの俺に、降りかかる甘い声。

(――なんで、そんな寂しそうに謝るのさ)

がっとその小さな手首を掴んで布団に引きずり込んだ。

「ひゃっ」
「謝ることないよ。○は俺の恋人なんだから、寧ろ怒っていいの」
「でも」
「でももかかしもないよ。○は俺の事、面倒臭かった?」
「ううん。かんちゃんだもん。かわいかったよー」

俺に抱きこまれて、○はふわふわの栗毛を揺らす。両手を薔薇色に染まる頬に添えて「ふふ〜」と嬉しそうに笑う○は本当に可愛い。
俺が定まってなかった頃、俺の面倒を見てくれていたのは○だった。その頃何故か一定の年齢で定まっていた○の顔は、小さな俺から見たら実年齢よりずっとずっと大人に見えて格好良かった。あの頃はまさか、○を可愛いと思うようになるとは思わなかった。恋愛感情を抱くとも。
明日どうなるとも言えない体を抱える俺達がこうなったのは、奇跡に近いよねと抱きしめた○に擦り寄れば、くすくすと小さな体がくっついてきた。


「たいせつにそだてて、いつかこいびとにするんだーってずぅっとたのしみにしてたんだ〜」


…どうやら必然だったようです。



▼23:受け入れられるなんて思ってない(でも、それでも)/平太

「君のことを、想っていても、いいだろうか?」

ぽつりと零れた身勝手な言葉に、けれど君はにっこりと笑ってくれた。その笑顔の可愛いこと可愛いこと。もう嫁に出したくない。男の子だけど。
「お兄ちゃん、平太のことお願いね。帰ってくるのは夕方になるんだけど」
そんな可愛い弟の姿を堪能していると、後ろから声をかけられた。振り返ると化粧をしていつもより弾んだ足取りの母親。
「はーい。平太は大人しいから大丈夫。ついでに夕飯も作っておくよ」
「そう?お兄ちゃんがしっかりしてるから助かるわぁ。『○くんってとっても出来た子ですね』って言われて、お母さん近所でも鼻が高いのよ。それに平太も、お兄ちゃんが帰ってきてる間は大人しいんだから」
普段は何にでもびくびくおどおどして、まったく誰に似たのかしら?首を傾げる母に、長期休みで帰って来たばかりの息子は苦笑して促した。
「ほら、母さん。今日は久しぶりに友達と食事をするんでしょう?早く行かないと遅刻するよ」
「あらやだ本当、もうこんな時間!じゃあお兄ちゃん、戸締りと火の元には気を付けてね。何かあったら携帯に電話して」
「はいはい。行ってらっしゃい」
「行ってきまーす」
ふわりとしたスカートを翻し、ばたばたと飛び出ていく姿に、我が親ながら若いなぁと苦笑する。なんだか娘のように感じてしまうのは、○の中味がすっかりおじさんになってしまっているからだろうか。
「ううん、ちょっとショックだなぁ。どう思う、平太」
「う?」
頬を撫でれば、くすぐったそうに首を傾げるかつての後輩で恋人。
現世に記憶を持ったまま生まれて幾年。偶然にも同じく前世の記憶を持つ仲間達と学園生活を送りつつ、ならあの子もいずれ、と期待を抱いていたかつての俺に、まさか愛しい人が弟になるなんて予想できるはずもなく。

産まれた、との知らせに飛んで帰った俺を待っていたのは、驚愕と歓喜と、やるせなさ。

学園には記憶を持つ奴と、明らかに前世でいたはずなのに記憶をなくしていた奴の二種類いた。今はまだ幼すぎて分からないけれど、平太はどちらだろうか。覚えていればまだいい。もしも、もしも全て忘れてしまっていたら?

想いを寄せる兄を、どう思うだろうか。

「あう」
「ああ、ごめんよ平太」
気付けば頬をぶにっと押してしまっていたようで、平太がむうと顔を顰めていた。縦線がない顔にも随分慣れたものだ。オムツだって変えてやるし、零れた離乳食を拭いてやることだってかなり上手になった。
こうやって、弟と認識して生きていければいいのに。そう思うんだけど。


「それでも、想うことはやめられないんだ。ごめんね」


事切れた記憶を持って生まれたことを祈るなんて、随分悪趣味な兄がいたものだ。



▼22:仇/久作

『○、母を頼んだぞ』
私の六つの年、父と共に家が滅んだ。

『×家を再興するのです』
私の八つの年、患い続けた母が呪詛を吐きながら身罷った。

『お好きなように、生きる術を得るのです』
私が十になる年、共に逃げてくれた爺が倒れた。


私には×家復興の使命がある。母の遺言を全うせねば。頑なな私を説き伏せ、宥め、爺は身の回りの物を全て売り、爺が預かっていたという決して少なくは無い金子と共に授業料として納めた。それでも足りず娘の形見だと言う綺麗な扇子も売ったと知って、私は母の形見も全て金に換えた。
本当の家族以上に私を愛し慈しんで育ててくれた爺が、最後の力を振り絞って私に行って欲しい場所であるなら、私はその通りにしよう。
爺の眠るあばら家に背を向けて、私は一人、学園へと向かった。


「僕は能勢久作だ。君は?」


まさかそこで、憎い仇の息子に会うなどとは。
耳にこびり付いた母の呪詛が、ぐわんぐわんと頭を打った。





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