[ 阿波くん放浪記 ] |
■2011/2/22 あ、と思った。 そう思った瞬間、全ては終わっていた。 ただ、それだけのこと。 「吉野どないしたん?」 「あー?なんもあれへんよ?」 「ほんまか?なんかいつにも増して阿呆面や」 「ほう?……っていつも阿呆面っちゅうことか!?」 酷い!と喚く吉野に、平野は面倒臭そうに顔を顰めた。 ぎゃいぎゃいと騒がしい声が鬱陶しいわけではなくて、いつも活き活きしている吉野が何処か元気がないからだ。鬼!悪魔!うどん!という罵りの言葉も、いつもに比べると大人しい。 一体どうかしたのかと考え、そういえば昨日、大地と吉野は外泊していたな、と思いだす。夕飯の時間にも帰って来ず、一体何処に行ったのかという問いに答えたのは困ったように苦笑した湖滋郎と憮然とした顔の祭だった。 『二人なら、ゲーセンでも行ってるんやろぉね』 『逃げ足の速い奴らっずね』 『逃げ足?』 首を傾げる平野に、二人はそれ以上答えなかった。何かあったんだろうな、と思いつつも、共同生活なのだから喧嘩もあるだろう、と昔を思い出して流した。それっきり、忘れていたのだが。 「…吉野」 「だからへーは俺に酷……ん?どないした平野?なんぞ神妙な顔してからに」 「馬鹿は難しいに考えるとより馬鹿になるで」 「どういうことなの…七年のドS率に全俺が震撼した…!」 ショックを受けた顔でよよよ、とわざとらしく机に突っ伏して泣き崩れる吉野を見ながら、平野は溜息を吐いた。 これはまた、面倒臭いことになったようだ。 平野の溜息を聞きながら、吉野はゆっくりと目を閉じた。机のひんやりとした冷気を感じる。 そうして思い出すのは、昨日のひんやりとした廊下の冷気。 リビングで小さく囁き交わし、くすくすと響く笑い声。 愛しそうな声で、甘く甘く、まるでいつものアイツじゃないかのように告げる言葉。 それに答える声も甘くて、やっぱりいつもとまったく違う。 自分の手の中にあるたこ焼きのパックがじんわりと熱を失っていくのを感じながら、なんだか酷く脱力した。 知っていた。祭が湖滋郎と一緒にいる吉野を刃の様に鋭い視線で睨んできてたこと。 知っていた。湖滋郎がそれをちらりと見て、堪え切れないように笑んでいたこと。 知っていて、だけど、それでもあえてそのままにしていたのは? 『あれー?吉野くんこんな所で座ってどうしたん?中に入ればいいやん?』 『あ、ちょ、待て大、ち…っ』 『………あ、す、すまん』 『…いや、ええよ』 『………』 『ちょ、吉野くんどうしよう祭くんがめっちゃ睨んでくる…!』 『こ、ここは逃げるが勝ち戦じゃ…ほなさいなら!』 『あ、ずるいぞ吉野くん!おれも!』 偶々帰って来た大地が開けた扉の先の光景に、皆で食べようと思わず四箱も衝動買いしたたこ焼きを置いて寮を飛び出てしまった。 そのまま大地と二人留三郎の所に転がりこんで、伊作も巻き込み朝まで四人で騒いだ。吉野は酒を飲まないから留三郎の冷蔵庫に常備させているチョコを肴にずっと水を飲んでいたので寝不足独特の頭の重さしか感じないが、他の三人は今朝、随分と辛そうだった。 後輩二人には悪いことしたなぁ、と思うが、まぁ、運が悪かったのだ。自分達と同じで。 「……へー、昨日、たこ焼き食った?」 「ああ、あれ吉野のやったんか。美味しく頂きました。ご馳走様」 「お粗末様です」 ぐるぐるした頭で、ようやく思いついたのはたこ焼きの行方。 どうやら皆の腹に辿り着いた様で、ほっとするやら悲しいやら。…でもそれなら、たぶんアイツの腹も満たしてくれたんだろうから、良かったのかもしれない。 そんな自虐的な考えに、吉野は机に額を擦りつけて、薄らと苦笑した。平野の言うとおり、考えすぎて頭がより変になっているんだろうか。 ずっと知らんぷりしてきた答えが、分かったような気がするんだけれど。 「平野、今日帰りパフェ食ってこ。めっちゃ甘いやつ」 「…まぁ、割り勘ならええで」 「よっしゃ、わいの財布の薄さをようやく理解したな。ほんならあと一時間、頑張りますかー」 「おー」 なんや、わい、好きやったんかなぁ。 - - - - 阿波は恋愛面鈍いから気付いた瞬間失恋しそう、という話。 相手は花笠くんなのか近江くんなのか。お好きな方で想像して下さい(`・ω・´) |