03
ーー偶然にしては出来すぎている。
今日までに降り積もった幾つもの不思議を指折り数え、名前はシリアスに眉を顰めた。

「天女にだけ反応するゾンビ。都合良く見つかった山賊のアジト。実は同郷だった雪丸……」

雪丸のなだらかな背を撫でながら、これまでの出来事を反芻する。
簡単な確率の問題だ。
数多いる忍者が一度も遭遇しなかった山賊を、たった一度の登山で見事引き当てた名前。単に運が良かった(あるいは悪かったとも……)で済ませるには、その後の偶然が過ぎる。
なぜ名前が側にいる時だけ、ゾンビは反応するのか。
なぜ沢山のウサギの中で、唯一懐いた個体がオーパーツだったのか。

ここまで証拠が出揃えば疑うべくもないが、名前の存在そのものが、オーパーツを引き寄せているとしか思えない。
それはどうしてか?
名前自身もまた、この世界にとってのオーパーツだから。

「天女様、顔色が……」

ふと気がつくと、喧嘩中の二人は諍いの手を止め、こちらを伺うように見つめていた。
名前はハッとして、さっきまでとは違った冷や汗をかく。
忍者の前で挙動不審な態度を見せることは、すなわち命取りなのだ。

「あ、いや、えっと」

とはいえ、今すぐ事情を説明することは難しい。
彼らに内情を打ち明けるには、些か考慮すべき前提が多すぎる。
そして、そんな前提を洗いざらい吐き出せるほど、名前は彼らと友好的な関係を築けてはいない。
つまりここは……三十六計逃げるに如かず!
困惑する潮江氏の胸元に無理やり手拭いを押し付けるや、名前はその場から走り去った!言葉足らずですまない!何となく察してください!

***

とにかく一人になりたい一心で、名前は雪丸を抱えて逃げ出した。
今すぐ考えなければいけないことが山ほどあるのだ。
今後の身の振り方とか。自分が一体“何"なのか、とか……。

しかし、そんな思惑とは裏腹に、名前は早々に呼び止められてしまう。
ーーなんか凄い勢いで怒っている竹谷少年によって。

「コラ〜〜!ウサギをそんな風に振り回す奴がいるか〜〜!!」

突如として現れた竹谷少年は、名前の進行方向に仁王立ちになると、その恵まれた体躯で行手を通せんぼしてきやがった。
車は急には止まれぬが、名前はギリギリ停止することが可能なので、妖怪ぬりかべとの正面衝突は避けられる。
だがしかし、依然としてお怒りの竹谷少年は、まんまと目の前で止まった名前の肩をポンと叩き「言いたいことは分かるな?」と、普段より威圧感三割り増しの微笑みでもって述べたのであった。

「言い訳は?」
「……ないです」

目が合った瞬間、腕の中から雪丸を取り上げられる。
静止の言葉は音になるより早く、彼の一睨みで容易く封殺された。
……しかし、それもやむなし。
よっぽど全力疾走が堪えたのか、哀れ白兎は目を回していたのだ。

「雪丸を乱暴に扱って申し訳ございません」

名前の判断は早かった。それはもう、光速に換算されるほど。
生き物をこよなく愛する竹谷少年の怒りの理由に気付いた瞬間、そして己の犯した過ちを悟った瞬間、名前は一も二もなく頭を下げた。
素直こそが何にも勝る最良の美徳。それ一本で生きている節がある。

「謝る相手は俺じゃないよな?」
「申し訳ございません雪丸」

頭の下げる角度を調整し、ウサギに直角の最敬礼をした。
ウサギは「許す」と言うように、片耳を重々しく持ち上げた。

「ーー顔色が悪いな。何かあったんだな」

名前と雪丸が和解したのを見届けると、ようやく竹谷少年は肩の力を抜いた。
そのうえで、結構ズバズバと核心に迫ることを尋ねる。
“あったのか?”ではなく、“あったんだな”と、あえて断定調に聞く所が竹谷少年らしいと感じた。

「あったというか、元々存在していた事実に改めて気付いた、という方が近いかもしれません」

この尋問からは逃れられないことを察し、早々に腹を括る。
名前は意味深に目を伏せ、

「一言で言うなら、仮に天女が磁石のS極だとすると、それ以外のオーパーツはN極になるという話なんですけど」
「なんて?」

聞き返す竹谷少年に、苦々しい視線を寄越した。

「さっき、気付いてしまったんです。全部天女が戦犯だったんですよ。あのゾンビを作る変な薬物も、山賊が持っていた銃も、そしてこの雪丸も!全部、天女と同じ異世界から来てるんです。……だから引かれ合ってる。天女がボーッと突っ立ってるだけで、磁力に引き寄せられる砂鉄みたいに、次から次へと異世界産のトラブルが寄ってくるんですよ!」

天女が死後残すと言われる異能の玉も、元を正せば異世界人。オーパーツと言い換えることが可能だ。名前の目が玉の異能を貫通し、難なくその存在を看破出来たのも頷ける。

「天女も、そういうオーパーツ……この世界における異物と同じ存在なんです。本当は、ここにあってはならなかった。天女がここにいることで、少しずつ異変が起きている気がするんです」

始まりは逆だったはずだ。
世界を脅かす天災を押し殺す役割として、天女があった。
次第に現れる不思議な事件を解決するため、天女の異能が使えないか試行錯誤した。
でも、全ては覆ってしまった。
この異変の源は、天女という世界最大のオーパーツに引き寄せられて集まった、小さな異分子達。
今や天女の存在こそが、この世界に災いを呼び寄せている。

「ーーそれで?天女様はそれを知って、どうしようとしてたんだ」

興奮のあまり、いつになく口数が多い名前を留めたのは、思いがけず冷静な口調の竹谷少年だった。

「ここにいたら俺達の迷惑になるから、どこかへ逃げ出そうってのか?どこに行っても、その異物とやらは天女様に付いて回るのに?」
「いや、それは……」

痛い所を突かれて閉口した。
ひとまず考えを整理したくて駆け出したものの、打開策を考えていたわけではない。
ーー苦渋の選択となる窮策ならば、辛うじて一手残していたが。

「タソガレドキから、城主の側室にならないかと打診がきています」

おずおずと告げた言葉に対し、返って来たのは呆れ果てたような溜息だった。

「身売りも同然じゃないか。俺は反対だな」
「でも、たぶん手は出されないですよ。タソガレドキは、まだ天女に天女でいてもらう必要があると思うので」
「それが甘いって言ってるんだ。黄昏甚兵衛の考えが俺達に分かるわけないだろ?あまり脅すようなことは言いたくないけどさ、異能の発現が終わった今なら、天女様は殺す価値がある。……その意味わかるか?」
「…………」

分かる。
痛いほど分かるからこそ、名前は黙した。

天女を最も無駄なく有効活用する方法は、一つしかない。
異能が発現した後に、次代の天女を産ませるのだ。
母体は、異能を宿した結晶と、次の天女を残して死ぬ。
一石二鳥が、こんなにも残酷な言葉だったとは。思えばそもそもの語源が、一つの石で二羽の鳥を撃ち落とす情景から来ていたのだったか。

「……いつかは、そうなるでしょうね。でも、それは当分先の話だと思う。天女の能力はまだ安定してないし、タソガレドキは目に見える天女の権威が欲しいはず。さんざん天女を泳がせたのは、天女の存在を周りの国に印象付けるためでしょ。信者もいるし、顔も知れてる。これで天女が代替わりしたら、せっかくのブランディングが意味なくなる。それにこのご時世だと、赤ちゃん天女が爆誕したとして、のんびり子育てしてる余裕も無いだろうし」
「屁理屈が達者だなあ。無知も困るけどさ、賢しいのも考えものだ」

竹谷少年は、艶のない髪を無造作に掻きむしった。

「で、結局動機は何だ?異世界の情報が欲しいなら、一応忍術学園でも事足りると思うぜ。うちは蔵書が多いし、忍だって頭数が揃ってる」

な?と、慰めるように微笑みかけられる。
名前はそれを有り難く享受しつつも、そっと一歩身を引いた。

「でも、天女は忍術学園に何も支払えないんです。与えられる情報に匹敵する対価を持ってない。だから、ここにいる限り足踏みすることになります。……だけどタソガレドキなら、天女の存在そのものが対価になる。あの城は、天女を利用する気満々なので」
「は?対価!?」

竹谷少年は素っ頓狂な悲鳴をあげた。

「何だそれ、対価って……そんなこと言ったの誰だ!あの時の七松先輩か!?あれは、天女様が気にすることじゃないって言われたろ!?くだらない戯言に耳を貸すなよ!」
「だよね、竹谷少年ならそう言うね」

百点満点な模範解答に、名前は思わずにっこりした。
でも、他ならぬ名前自身が許せなくなってしまったのだ。
先日の一件で、この世界における情報の真価を知ってしまったから。
今となっては、ほんの噂話さえも恐ろしくて耳を塞ぎたくなる。
暴力の上にしか成り立たぬ常識なら、ずっと無知でいたいとさえ思う。

「だって、竹谷少年が言ってくれたんですよ。自分が正しいと思うことを貫くことは凄いことだって。天女の綺麗事で救われるかもしれない人が、きっといるって。天女は、それを信じることにしたんだよ」
「俺は、そんなつもりで言ったわけじゃ……」

愕然とした表情でよろめく竹谷少年から、目を逸らした。
現状維持を貫くなら、どこの陣営に身を置いても同じことだ。
しかし、自分の存在が世界に及ぼす影響を明確に理解した今、見て見ぬふりをするわけにもいかなくなってしまった。

「天女、タソガレドキに行こうと思います」

だからこれは、結構それなりに勇気を振り絞った結果だったのだ。
ーーしかし人生、中々どうして思う通りには進まないもので。
名前が、清水の舞台から飛び降りる覚悟で嫁入り宣言したのと、

「ちょっとそこの貴女!わたくしを案内なさい!」

どこかで聞いたことのある甲高い声が響いたのとは、ほぼ同時だった。

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