02
野良信者達の拠点は、昼間は最低限の人数を残して空になることが殆どのようだった。その間彼らは各地へと赴き、派閥派に煽られるがまま問題行動を起こしたり、小競り合いに参戦したり、問題行動を起こしたり、問題行動を起こしたりするのだ。

「ーーつまり、狙い目は昼の明るいうちです。天女様が残党の気を引いている隙に、我々で寺院内部に罠を作り、信者たちを一網打尽にします」
「一網打尽にしたらダメなのでは……?」
「ははは、言葉の綾ですよ」

名前はジトっとした目で立花氏を睨んだ。

「それつまりは天女は囮りってことですよね。分かってます?天女の身に何かあれば、この世界が滅ぶんですよ」
「大丈夫ですよ。護衛代わりに藤内と伝七を残して行きます。二人のことは手足と思ってお使いください」
「簡単に言いやがりますね……」

そういうわけで、名前たちは二手に分かれる運びとなった。
人呼んで罠チームと囮チームである。字面から滲み出るヤバさ。

***

尺の都合上、旅路の様子はざっくり割愛するが、目的地までの道のりは遥か遠く、ほぼ丸一日歩き通しだった。
その間に名前が溢した泣き言の数は優に百を超え、言葉を拾い集めて一冊の本に纏めれば、広辞苑をも凌ぐ程の分厚さになろう。

かくして名前の涙ぐましい努力の果て、一同が辿り着いた場所とはーー鬱蒼とした森の中に佇む、お化け屋敷じみた廃屋だった。

「なるほど、どうやら場所はここで間違いないようだな。……しかし今日はもう遅い。どこかで夜を明かして、朝になってから出直すとしよう」

木の影から様子を伺い、そう結論付けたのは立花氏だ。
暮れなずむ空は、まだ夕方と呼ぶには早いような色合いだが、しかし一度日が傾いたが最後、夜は目を見張るほどの速さで駆け寄ってくる。明るいうちに寝床を整えなければ、また一つ名前の泣き言語録が増えてしまうこと請け合いなので……。

「ウワーーーーーン!!!!」

その時、廃屋の方から甲高い少女の泣き声が響いた。
名前は「もしや心の中の弱音が漏れたか!?」と思い、慌てて自分の口を塞いだが、案の定それは名前の勘違いに過ぎず、件の声は今なお森中に響き渡っている。
ーー泣き喚く声と同時に頭上を一斉に飛び立ったのは、数え切れぬ程のカラスであった。
上空を黒く塗り潰す大群が、一足早く夜空めいた景観を生む。

「またおかしな儀式でもやっているのか?」
「いや、待ってください。この声どこかで聞き覚えが……」

当然の予測を立てる立花氏に対し、待ったの声を上げたのは笹山少年だった。彼は、絵になるポーズで腕を組み「あーでもない、こーでもない」とブツクサ考え込んでいる。
しかし、彼がそんなことをしている間にも、声の主は結構ひどい目に遭わされているらしく、どんどん新しい泣き声が積み重なっていく。
それは例えば「ウエエェェン!」だったり「ひどいよーーー!」だったり「魔界之小路せんせぇぇぇ!」だったりと様々で……

『あ!』

その瞬間、一年生コンビの笹山少年と黒門少年が、全く同じタイミングで顔を上げた。それから、二人はお互い目配せし合って、

『ドクタケ忍術教室の山ぶ鬼!』

ーーと、声を揃えて叫んだのである。

***

「このアホ!隠れている身でそんな大きな声を出すな!」

途端に鬼の形相になった立花氏が、目にも止まらぬ速さで二人を羽交い締めにし、その頭にゲンコツを落とした。
涙目で悶える二人の姿は中々に憐みを誘うが、さりとて情けは不要。彼らが紡ぎ出すユニゾンは、山彦を引き連れ一段と遠くまで木霊し、追加のカラスを空に放つ程度の能力はあったので。

「す、すみません……!」

見るからに生真面目そうな黒門少年は、背中に定規でも入っていそうな角度で頭を下げた。
一方の笹山少年だが、此方は清々しい程にけろりとした顔で、些かも悪びれた様子がない。一応「ごめんなさい」と言いはするものの、それは名実共に“言っただけ”で、気持ちがこもっていない事は火を見るより明らかである。約束されし将来の大物なのだ。

「……それにしても、どくたまの山ぶ鬼か。本当だとすると妙だな。何故こんなところにドクタケ忍術教室の生徒がいるんだ」

しっかり後輩二人にお灸を据えた立花氏は、打って変わって真剣な顔で顎に手を当てた。
当分答えは出ないようなので、名前もその横で考え込んでみる。

“ドクタケ”という単語には、名前も聞き覚えがあった。
この近辺に根城を構える国の一つで、えらく好戦的な性格の城主が統治していたと思う。……確か、国お抱えの忍者隊が有名で、赤装束に赤サングラスという、忍ぶ気があるのか無いのか甚だ怪しい装いがトレードマークだったはず。
そんなドクタケ忍者の名を冠する教室の生徒なのだから、恐らく相手はドクタケのたまごーー忍たまの亜種みたいな存在だろう。
そしてこれは余談だが、忍者隊と言えば、オーマガトキにも一応専属の忍者がいた。しかし、こちらは揃いも揃ってへっぽこだったので、胸を張って紹介できる相手ではないのが悲しいところ。あのカピバラみたいな顔の人、元気でやってるだろうか……。

などと、徒然なるままに思考を巡らせている隙に、参謀もとい立花氏の考えも纏まったらしい。彼は、生まれ持った麗質を存分に発揮し、見るもの全てを虜にする優美な微笑を浮かべると、

「では囮り様、当初の計画とは違いますが、早速出番ですよ!」

名前の背中を“それっ”とばかりに突き飛ばしてくださりやがったのだった。……あと今こいつ名前のこと囮り様って呼んだな!?

***

その後の展開は、我が事ながらあまりにも怒涛の勢いだったので、テレビの早送りを見ているような気持ちだった。

立花氏が名前を突き飛ばしたその瞬間、丁度良く近くを通りかかった信者に簀巻きにされ、名前はあれよあれと言う間に囚われの人になったのだ。
慌てて助けを求めたものの、つい先程まで忍たま達がいた場所は、見事なまでにもぬけの殻。
ちなみに、こうして脳内で呟いている今も、名前は半裸の信者に神輿が如く担がれ、なすすべなく運搬されている。
ーーそして名前は、連れ込まれた先で一人の少女に出会うのだ。

「もしかして、あなたが“どくたまの山ぶ鬼”とやらですか?」

そこは、廃寺の一角に設けられた納屋の奥。手製と思しき牢屋の中に、泣き濡れた女の子が背中を丸めて座り込んでいた。

「……そ、そうだけど。なんで私を知ってるのよ」

大きなリボンを結んだ女の子は、やはり山ぶ鬼嬢に間違いないようだった。ドクタケ忍者の卵らしく、赤いサングラスを所持しているが、今は涙を拭うため、顔から外して手に持っている。
体は小柄だけど目が大きくて、泣き顔でもなお愛嬌のある子だ。

「何でと言われると話が長くなるので、まぁそれは追々話すね。天女達は、この寺にたむろしている信者達を捕獲……じゃなくて懐柔するために派遣されたんです。そしたら山ぶ鬼嬢の泣き声が聞こえたので、どうしたのかなぁと思って」

簀巻きにされたままそう言うと、彼女はズズッと鼻を啜った。

「あなたも天女なのね。……実はね、私もそうなっちゃったの」
「“も”?」
「私も天女様になるんだって。ドクタケ城にも天女がいれば、もっと戦に有利になるからって、お殿様が決めたの」

初めこそ涙声だった山ぶ鬼嬢は、しかし内情を吐露するうち怒りの感情がまさってきたようで、初対面時の泣き顔は何処へやら。最終的に、そのこめかみに怒りマークを三つも浮かべていた。

「だいたい酷いのよ!私は嫌だって言ったのに、お金があれば良い教材が買えるからって、みんなして無理やりさ!その結果が誘拐だもん。あんまりよー!」

またしてもワッと泣き出してしまった山ぶ鬼嬢だが、お陰で何となく話が見えて来た。
……どうやら件のドクタケ城も、天女の派閥争いに名乗りを挙げたらしいのだ。それでもって、国を挙げて擁立した天女候補が、この山ぶ鬼嬢というわけだ。
しかし、腐っても天女教団の一員として教団運営に関わってきた派閥派とは異なり、宗教に関して全くの門外漢だったドクタケ一派は、うまいこと天女をプロデュース出来ず、

「ーーニセモノ認定されちゃったんですね。野良信者、天女に対して忠誠心が誰よりも高いので、そういうの許せなかったんだろうなぁ」

天女の名を汚す不届き者として、こうして私刑を決行するに至った、というのが事の顛末らしい。となると、名前も彼女と同じ行く末を辿りそうなものだが、忍術学園で遭遇した信者達の様子を見るにつけ、彼らが一概に名前を偽物認定しているとは思えぬ。

「……ん?待てよ?」

そこまで考えて、名前は更なる仮説に流れ着いた。
恐らく野良信者達は、ざっくり“名前肯定派”と“否定派”に分かれていると思われる。現在、名前が偽物確定な山ぶ鬼嬢と同列の扱いをされているのが、何よりの証だ。
しかし、それにしては忍術学園にやって来た信者は、全員が名前肯定派に見えた。各々キャラは立てども、そこに悪意はないのである。一見して、タカ派もハト派も見分けがつかぬ連中だ。そんなに上手いこと、名前の味方に限定して情報を流せるだろうか。

ーーもしも。
もしも、忍術学園がタソガレドキと共謀し、あえて信者達を敷地に招き入れ、その初動を観察していたのだとしたら。もしも、初動から名前への敵対心の有無を見極め、敵になり得ると判断した者を“一網打尽”にしていたのだとしたら。
もしも、名前の存在こそが信者を仕分ける上での大いなる選別材料として働き、その延長線上に今回の任務があるとしたらーー

「い、いやいやいや。ないないない……まさかね」

名前は、ぎこちなく首を振って疑惑を打ち消し、大人しく簀巻の芋虫に戻った。
人間、知らない方が幸せなことって、往々にしてあるものだ。

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