花屋の黒猫 | ナノ

 アグロスはいつも誰にもかまって欲しくない態度をとるくせに、今日ばかりはかまって欲しいらしく、拗ねて丸くなっていた。そんなアグロスの様子に気づいた少年はアグロスに近づいた。
「アグロス?」
 少年が呼びかけると、耳をピクンと動かしたが、丸まったままだった。
「あらら、本格的に拗ねちゃったみたいね。いつもはこんなことないのにな」
 私が軽くため息をつくと、少年は振り返り、任せてくださいとでも言うように微笑んだ。
「アグロス?」
 少年はしゃがんで、もう一度呼びかけた。アグロスは耳すらも動かさなかった。
「アグロス、花を選んでくれてありがと。『イヌサフラン』、だっけ?僕、気に入ったよ」
 アグロスは目を動かし、少年の方を見た。少年はアグロスの背中を手の甲でゆっくりとなでた。アグロスは心地よさそうにしていた。
「珍しいわね。アグロス、いつもは人に触れられるのを嫌がるのに。よほど悠君が気に入ったようね」
 私が言うと、少年はアグロスをなでながら私の方を向いて照れ笑いをした。
「僕、実は猫があまり好きじゃなかったんです」
「えっ」
 私は驚いて、思わず声を上げた。
「でも、こう触れてみると違いますね。愛しく感じます」
 少年はアグロスを見ながら言った。よいしょ、とアグロスを抱き上げると今度は手のひらでなで始める。アグロスは家族以外の人に抱かれたりすることはなかったので、驚いているようだった。
 私は照れることなく「愛しい」などという言葉を素直に口に出せる少年が少し羨ましくもあった。
「どうかしました?」
 黙りこくっていた私に少年は心配そうに声をかけてくれた。
「ううん。なんでもないの。あ、そうそう。お花、包装する?」
 私は少年に聞いた。少年は少し考えて、お願いします、と答えた。
 私は慣れた手つきで、丁寧に花を包装する。花は潤っていて、手に触れるたびに微かな冷たさを感じた。
「ね、悠君」
「はい」
「あのさ」
 私は唇を軽く湿らせる。
「なんで、いつも包装するの?誰かへのプレゼント?……あ、嫌だったら答えなくてもいいのよ」
 少年は黙りこくってしまった。私はもしかしたら、私と少年はあくまでも「店員と客」であることを忘れつつあったのかも知れない。店員は客の接待だけをすればいいのであって、客個人について聞くことはあまり好ましいことではない。
「……毎日、毎日、祖母にプレゼントしてるんです。祖母は、花を見ている時だけすごく幸せそうな顔になるんです。オレが、祖母に、ばあちゃんにしてあげられる唯一のことなんです。」
 少年は一瞬だけ悲しそうな顔になる。私はこのとき、単純に少年の祖母はもう長くないのだろう、とふと思った。

- 5/5 -

[*prev] | [next#]
page:
Bookmark

[TOP>>Main]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -