「わっ、真っ黒な猫だ」 少年はアグロスに近づくと花を見るのとはまた違う、好奇心と優しさに満ちた目でアグロスを見つめた。アグロスは居心地が悪そうにキョロキョロと辺りを見渡していた。 「アグロスっていうの」 「アグロス?変わった名前ですね」 少年はアグロスの名前の由来を考えているようだった。 私は『誕生花366日』という本を取り出した。その本のあるページを開ける。 「これ、見て。この日は主人の誕生日なの。その日の誕生花は『麦仙翁』で、麦仙翁の学名は『アグロステンマ』。そこから取った名前よ」 少年は目をアグロスに向けながら真剣に私の話を聞いてくれた。 「オレもこの日が誕生日なんです」 にこりと少年は笑った。一瞬、視線が交差したけれど、少年の目は再びアグロスへ向けられる。 アグロスを見る少年の瞳を見て思った。この少年は身長のわりには幼い顔つきなのだ。思えば声も高い。「ねえ、いくつなの?」と聞いてみたかったが、お客にいきなりそんなことを言うのも不自然な気がした。そうこう考えているうちに少年はいつのまにかアグロスから離れて一つの花を選んだ。透き通るような青が美しい「竜胆」という花だった。 「花が好きなの?」 少年の要望により、包装しているとき、なんとなく私は聞いた。 「えっ?」 「だって、いつも店先に並ぶ花を見てるじゃない。……さあ、出来たわ」 包装し終わった花を少年に渡す。少年は受け取ると、恥ずかしそうに言った。 「祖母が好きなんです。はじめは『花なんか女の子のものだ』なんて思っていましたけど、最近僕も好きになったんです。見てると素直な気持ちになれる気がして」 少年は私の目を見た。なぜかひやりとした。少年が自分を咎めているように思えた。 「そうなの。とてもステキね」 私は店先まで出て少年を見送った。 page:Bookmark |