意地悪

「さあ、バーボン。おいで?」
「はい…」
「ふふ、」
「名前さん、撫でて」
「はい、いいですよ」
「ふふ、褒めて」
「はい、いい子いい子」


幸せな時間。
ニコニコしながら彼は彼女の膝枕に甘える。それに名前は優しく応えると彼は更に甘え始める。


「もっと撫でて、もっと褒めて」
「はい、勿論」


頭だけではなく頬も撫でられ「可愛い子ですね」といつもの彼なら怒るところだが、今の上機嫌の彼には褒め言葉。
あー…気持ちいい…と幸せに浸っていると彼女のスマホが鳴った。通話のようだ。


「もしもし、どうしたの」


職場の後輩からだそうだ。む、と嫉妬する彼に気づかず、彼女は話し始める。


「ええ、そうなの?ふふ」


雑談のようで楽しそう。彼女の意識がそっち行ってしまい、彼は起き上がるとじっと待った。


「うん、うん、そうなんだ。でも」


セリフの途中で彼が彼女の服を引っ張った。眉間に皺を寄せて不満そう。彼女は苦笑するとポンポンと頭を撫でた。「そろそろお風呂入るからごめんね」と嘘を言って通話を切るとバーボンに向き直った。


「ごめんなさい。拗ねちゃいました?」
「拗ねてないです」
「そっかー。じゃあ今日はこれでおしまいですね」
「え、」


え、撫でるのおしまい?え、え?と彼は慌てる。
もっとしてほしい、と甘えようと手を伸ばすが、彼女はするりと避ける。思わず青ざめてしまう。


「あの、」
「んー?」
「…」


いつも初めは彼女から「おいで」と言われても甘えてるから自分からなんて恥ずかしくてできない。どうしようどうしよう、と焦る。


「……」


ちょいちょいと服を引っ張る。優しくしてほしい。察してほしい。彼女はそんな彼の行動を見て言った。


「どうしました?」
「…」
「ふふ、言ってくれないとわからないですよ」


あ、これ本当はわかってる口調だ。僕が言うまで知らないふりするつもりだ…!と顔が赤くなる。


「あの、」
「はい」
「その」
「うん」
「…」


自分から言い出すのが恥ずかしい。でも言わないと撫でてくれない。気持ちよくなりたい、でも言えない。そんなのプライドが許さない。顔が汗をかくくらい熱い。


「も、もっと」
「もっと何ですか?」
「う、…」
「ほらちゃんと言って?」


ぎゅっと手を握られる。
恥ずかしい…!恥ずかしいけど言わなきゃ…!と勇気を振り絞る。


「も、もっと甘えたい、です」


そう言って顔を真っ赤にすると彼女は「はい、いいですよ」とかわいい…と頭を撫でられる。き、気持ちいい…と彼は目を細めて力なく彼女の膝にへたり込んだ。


「ちゃんと言えていい子ですね
「はあ、名前、さん」
「んー?何ですか?」


気持ちよさに身を任せつつ、要件を言う。


「明日から一週間会えないです」
「仕事ですか?」
「はい…だから一週間分撫でて欲しい…」
「ふふ、いいですよ」


そんなの無理に決まってるが、それでも優しい彼女はあっさり了承する。


「名前さんも連れて行きたい…」
「ふふ」
「ねえ、着いてきて下さい」
「え?」


体を起こして何を言うのかと思ったら本気で着いてきて欲しいらしい。最初冗談かと思って聞き流してたが、目が本気だ。両手をがっしりと掴まれて答えに困っていると彼は不安そうな表情になった。


「い、いや?」
「嫌というか私も仕事がありますし…」
「休んでください」
「一週間も無理ですよ」
「…」
「帰ってきたら沢山撫でてあげますから」
「…」


それでも一緒に着いてきてほしいらしい。
できるだけ一緒にいたい。片時も離れないでほしい。黙ったまますりすりと頬擦りしてせがむが、彼女は頷いてくれない。


「無理ですか…?」
「ごめんなさい」
「…」


しゅん、として落ち込んでしまった。まあそもそも仕事内容的に彼女に連れていけないんだけども…と思うが、連れて行きたくて仕方なかった。無理なのはわかってたが、彼女の優しさについ甘えて無理を言ってしまった。


「…帰ってきたら」
「はい、何ですか?」
「帰ってきたら抱きしめてください」
「へっ?」
「抱きしめられたい」
「え、えーっと」


うーんとにこにこしたまま困る名前にバーボンはずいと顔を近づける。


「仕事頑張ったらご褒美に」
「い、嫌じゃないですか…?」
「全く。寧ろ今抱きしめられたい…」
「ええ、む、無理です、」


そんな恥ずかしいことできないと顔を赤くして拒否する彼女を可愛い…と眺める彼は仕方ない…と食い下がった。


「ど、どうして私に抱きしめられたいんですか?」


そんな関係でもないのに…と彼女は不思議に聞かと彼は彼女の頬を撫でて大切そうにぽつりと呟いた。


「貴方にとって大切な人になりたいからです」



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