軽い約束
2日後、彼がやってきた。
最近仲良くなった不思議な人。最初は警戒心の強い子猫みたいに近づいてくれなかったけど、最近は素直に撫でさせてくれるから少しは仲良くなれたかなと嬉しく思う。
「名前さん、これ…」
「ん?なあに?」
控えめに出された紙袋を渡された。バーボンをちらりと見れば、不安そうにこちらの様子を伺っているようだった。
中には香水が入っていた。
「あ、あげます」
「わあ!嬉しい!ありがとうございます」
「…」
「急にどうしたんですか?プレゼントなんて」
「えと、…」としどろもどろになるバーボンに私は首を傾げた。誕生日でもないし、特別な日でもない。
「いつもお邪魔してるので…」
「ふふ、そんなの気にしなくていいのに。でも受け取っておきますね」
棚に飾ると嬉しくて笑みが溢れる。バーボンから贈り物なんて嬉しいな。
そんな私の様子をバーボンは後ろでじっと見つめていることなんて気づかなかった。
また次の日。
「これあげます」
鞄をもらった。ブランドものの鞄。ブランドはあまり詳しくないけど名前だけは聞いたことあるところのもの。えっと…とバーボンを見ると不安そうにこちらを見ていた。
「う、嬉しくないですか?」
「そ、そんなことないですよ!ただそんな気を使わなくても…」
「…」
あからさまにしゅんと落ち込む彼に私は慌てる。
「これも嬉しいですよ!大切に使わせていただきますね」
そう言って彼を撫でるとバーボンは小さく照れた。
「いい子ですね、バーボン。優しくていい子」
「ふふ…」
へにゃりと微笑む彼に私も安心して撫でる。
でもそれでも彼はプレゼントを続けた。ある日は財布、ある日は化粧品。な、なんで?なんでこんなプレゼントしたがるの?いくら部屋に上がってるとはいえやりすぎだ。いつもそんなことしなくていいと言えば、落ち込むのでなかなか言えなくなってきた。善意を無下にできない。
「欲しいものはないですか?次はそれをプレゼントしたい…」
「な、ないですよ」
「何でもいいです。お願いです、プレゼントさせて」
「ほ、本当にないです」
「…」
彼は青ざめて酷く不安そうな表情になる。ど、どうしよう…ここで欲しいもの言ってもバーボンは絶対にプレゼントしてくる…。かと言って言わなかったら傷ついちゃう…。
「ね、ねえ、バーボン。なんでそこまでプレゼントしたいんですか?」
「いつもお邪魔してるのでお礼に…」
「ほ、本当に?本当にそう思ってます?」
「…」
お礼ではなく何か違う意味でプレゼントしているのは察していた。でもその意味がわからなかった。黙ってしまった彼を待つと観念したのか口を開いた。
「そ、そうしないと嫌われると思って…」
「?どうして?」
「だ、だって僕ばかりしてもらってて…そんなことじゃ嫌われると…」
「そんな…嫌わないですよ」
「で、でもいつかは飽きられます。そんなの絶対嫌です」
思ったよりバーボンに好かれてる?目の前で焦ってるバーボンを見て思う。正直、少し仲良くなってはいたけど、8割くらいは警戒されてると思ってた。でも正直、バーボンがそこまでして私に好かれたいと思う理由が分からない。嫌われると怖がるのは何故?
「飽きないですよ?」
「…」
「バーボンは私といて楽しいですか?」
その質問に彼はきょとんとした。そしてすぐ恥ずかしそうに俯くと小声で言った。
「…楽しいです」
「ふふ、私も楽しいですよ」
「……」
「楽しいから来てくれるんですね。嬉しい」
「……」
あらら、顔真っ赤にして黙っちゃった。
うん、いい子と撫でるとバーボンは気持ちよさそうに擦り寄ってくる。可愛い。
「名前さん……」
「ん?なあに?」
「欲しいもの、ないですか…?」
どうしても知りたいらしい。これはどうしたものか。多分、バーボンは自分といたら私が楽しいと思ってくれるようにプレゼントしてるんだと思う。そんなことしなくても楽しいのに。
ここははっきり言わないと。
「いらないです」
「、へ?」
「プレゼントいらないです。…勿論、貰ったものは全部とても嬉しいですよ。でもいらないです」
「な、なんで」
「バーボン、もうプレゼントはいいんです。そんなことしなくても私は」
「い、嫌です!!」
真っ青になったバーボンは私の肩を掴んだ。え、最後まで話を聞いて。彼は震える唇で懇願した。
「嫌だ、離れないで。つ、次は何をあげたら側にいてくれますか?何でもいい、全部用意します」
「いや、あの」
「お、お願い、何か言って。僕のsubの欲求を満たしてくれる代わりに僕だって貴方に何かしないと」
「私の話を」
「だからいらないなんて言わないで。そんなこと言われたら、僕、」
むに、と彼の頬を両手で挟む。不安で押しつぶされそう。私の行動で黙った彼の頬を撫でながら落ち着かせるように言う。
「そっか…勘違いしてました。側にいて欲しいからプレゼントしてたんですね」
「…」
「大丈夫、プレゼントがなくても側にいますよ」
「本当に…?」
「本当に」
「ずっといてくれますか?」
「ずっと側にいますよ」
すると彼は今まで見たことがないくらい顔を赤くして嬉しそうに目を細めた。「約束ですよ…」と呟くその言葉に私は頷いた。
それが勘違いさせるような行動だとは知らずに。
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