楽しい時間と不安

「よしよし」
「…気持ちいい…」
「ふふ、可愛い」
「そ、そんなこと言われても嬉しくないです…」


少し悪態をつくが彼女には効いていないみたいだ。
よしよしと撫でられる彼は少し言いづらそうに口を開いた。


「あの、…」
「ん?何ですか?」
「…」
「なあに?」


心の無しかもじもじしている。目を泳がせて言おうかどうか迷っているようだ。お願いするの恥ずかしい…と顔を赤くする。


「よしよーし」
「ぅ、…」
「よしよしよし」
「は、あ…」


両手でもみくちゃにするように撫でまくると気持ちよすぎるのかバーボンはそれに耐えるように声を漏らす。力が抜けるが踏ん張って姿勢を正す。彼女は撫でまくって言わせようとしていた。ちょっと楽しい。


「や、やめ」
「ん?どうしようかなー」
「おねが、やめ」
「言ってくれたらやめますよ」
「うぅ…」


気持ちよすぎて頭の中がふわふわする。やめないで欲しい、けどやめてくれないと頭がおかしくなりそう。はやくやめさせないと、とお願い事を言おうとするが恥ずかしくて言えない。よしよし、と撫でまくる彼女はまだ撫で続ける。


「も、むり」
「え?わ」
「ちからはいらない…」


へたりと彼は彼女の膝の上に倒れる。頭をそこに預けると「す、すみません」と戻ろうとするが体に力が入らない。なんてかっこ悪い。すると頭を優しく撫でられた。


「大丈夫ですよ。気持ちいいですか?」
「は、はい」
「ふふ、気持ちよすぎるとこうなるんですね」
「う…」


指の先で頬を撫でると彼女は言った。


「言える?」
「…」
「言いたくない?」
「…」


ニコニコして優しい…と彼は仰向けになって眺める。いや、でも言わなきゃ。言ったらもっと気持ち良くなる。
彼は目を泳がせて、顔を赤くした。


「あの、えと」
「うん」
「…い、いい子って褒めながら撫でて欲し、いです」
「へ?」
「い、一回しか言わないです!」


ドキドキと煩い心臓から隠れるように再びうつ伏せになって顔を隠す。言ってしまった、絶対引かれる…!と怖い。引かれるのが怖い。ああ、どうしよう…!


「いい子いい子」
「…っ」
「ちゃんと言えていい子ですね」
「はあ、もっとほめて」
「ん、いいですよ」


眉を下げて吐息を漏らす彼に彼女は優しく褒める。subってよくわからないけどこういうの気持ちいいんだ…と謎に感心する。でも彼が楽しいのならいっかとあまり考えない。
一方バーボンは気持ちよさにうとうとしつつ、もうこのまま寝たい…と目を閉じる。ずっとこうしていた…


「バーボン!?」
「…」


自分を殴った。何考えてるんだ、アホなことを考えるな。ちなみに彼女は驚いて、「だ、大丈夫ですか?」と心配している。
ふわふわとした気持ちよさはどこへやら、正気に戻る。


「な、なんで殴ったんです?」
「…」
「痛かったでしょう…」
「…」


座り直したバーボンの右頬を撫でる。殴って赤くなってる。
緩い表情から一変、眉間に皺を寄せてむす、としている。


「名前さん」
「は、はい」
「…」
「…?」


黙ってしまった彼に彼女は首を傾げる。

いつまでこうしてくれるのだろうか。こうやって部屋に上がられて我儘を言われるのも嫌だろうし、そもそも相手のこともよくわからない。
いつ離れられたっておかしくない。


「…楽しいですか…?」
「へ?」
「僕といて楽しいですか?」


不安になる。いつ離れてしまうのか。無意識に重ねた手。彼女の手を強く握る。


「私はとても楽しいですよ!」
「ほ、本当に?」
「いつもバーボン来てくれないかなって思ってますよ」
「本当?本当にそう思ってます?」


嘘じゃない?気を使ってない?と彼は焦る。そんか期待させるようなこと簡単に言わないで欲しい。
彼女は重なっていた彼の手を包み込むと言った。


「本当の本当に。次はいつ来てくれますか?」


思わず抱きしめてしまいそうになる。こんな嬉しいことはない。まだ少ししか会ってないけど迷惑だと思っていた。自分のしてほしいことばかりで何もしてやれてない。
僕も彼女に何かしてあげたい、と彼は目を少し泳がすと彼女を見た。


「えと…じゃあ、明後日…」
「はい、待ってますね」
「…名前さん」
「何ですか?」


彼女は正直派手な方ではないけれど。


「楽しみにしててくださいね」


ん?と笑顔で首を傾げる彼女に彼は小さく微笑んだ。




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