素直じゃない

夜、髪を乾かしきってドライヤーの電源を切ったタイミングでインターフォンが鳴った。ドライヤーを仕舞って、玄関に向かうと一昨日の彼がいた。眉間に皺を寄せてむす、としている。可愛い顔が勿体無い。


「こんばんは」
「…こんばんは」
「寒いでしょう、上がって下さい」
「…」


部屋に上がって彼はまた部屋の隅に座る。なんで来たのに警戒するのか。彼女はカーペットの床をポンポンと叩くと言った。


「こっちにおいで?」
「…」
「おーいで」
「…」


やっぱり来ない。可愛いと思う反面、そんなに警戒しなくとも、と思う。彼女は彼に近づいて目の前に座る。じっと見つめられる。


「…もう寝ます?」
「え?」


現在20時。きっと彼女がパジャマを着ているのからそう思ったのだろう。


「まだ寝ませんよ」
「……あの、」
「ん?」
「………」


すると彼は黙りこくってしまった。仲良くなるのはまだ難しいかな、と彼女が思っていると彼は顔を赤くして冷や汗を流して小さな声で言った。恥ずかしいけど言わなきゃ。


「あの、その、」
「なあに?」
「……」
「どうしました?」
「………喉乾きました」


「あ、お茶持ってきますね」と彼女は立ち上がってキッチンへ向かった。あ…と一人残された彼はしゅんと小さくなった。違うのに、本当はこんなこと言いたいわけじゃないのに素直になれない。
彼女が戻ってくると、彼はすすす…と近づく。


「お茶どうぞ」
「あ、ありがとうございます」


お茶の入ったコップを受け取るが、ドキドキして緊張して飲めない。ちら、と彼女を見るとニコリと微笑まれた。どき、と心臓が高鳴る。


「あの、」
「顔真っ赤ですよ、熱あります?」
「…」


そんなに赤い!?と彼はバッと顔を背けた。落ち着け、緊張するなと自分を落ち着かせる。深呼吸して落ち着かせると再び彼女の方へ向き直る。よし、言おう。


「やっぱり熱いですね」


ぴと、と頬に手を当てられた。折角落ち着いた心臓が急激にうるさくなる。


「…!?」
「冷えピタ貼ります?」
「…えと、あの、その、」

あわあわと混乱する彼に彼女は心配そうに見つめる。手が頬に触れてる。嬉しい、もっともっと…!と感情が昂る。熱い吐息が漏れてしまう。


「あの、も、もっと」
「え?」
「撫でて、撫でられたい、です」
「…ふふ、そうでしたね」


頬を撫でられると吐息混じりにそう呟く。目を瞑って頬に触れる手に擦り寄る。そんな彼を受け入れつつ彼女は撫でる。はあ…と熱い吐息を漏らす彼はあまりの気持ちよさに力が抜けそうになる。


「はあ、はあ…気持ちいい…」
「よしよし」
「もっと、もっと…」


くらくらする頭に熱い体。だけどもっと撫でられたい。彼は我慢できず頬を撫でる手を掴んで、すりすりと頬擦りした。


「あらら」
「はあ、気持ちいい、もっ……」
「もっ」


真似するな、とじっと睨まれる。正気に戻った。
なんて恥ずかしいことを…と顔を背けて赤くする。凄く恥ずかしい。なんて弁解すれば。あまりの気持ちよさに我を忘れていた。


「気持ちよかったですか?」
「……」
「ふふ、そっか。よかったです」
「…まだ何も言ってないです」
「よしよし」
っ、や、やめ」


ツンデレさんだなあ、と彼女はニコニコしながら彼の頭を両手でわしゃわしゃと撫でる。嬉しさを隠しきれてない彼は口だけで嫌がる。今度は流されないように、我を忘れないようにしないとと我慢する。ああでも気持ちいい…と負けそうになると撫でる手が離れた。彼女は彼の乱れた髪を整えながら言った。


「貴方の名前は何ですか?」
「…」
「知りたいな」


正直答えたくない。答えれば色々と巻き込む事になるだろうし、いやそんな事にはさせないけど…と悩む。やはりあの名前いうしか、でも今は…とちらりと彼女を見る。真っ直ぐにこちらを見ている。


「…バーボン」
「?お酒の名前?」
「変…?」
「いいえ、かっこいいですよ」


ドキドキとまだ気持ち悪い心臓から逃げたくて彼女に助けを求めるようにパジャマの裾を引っ張る。


「撫でてほしいですか?」
「…ん」
「もっと近くにおいで?」
「…はい」


あら素直と彼女は少し驚く。よっぽど気持ちよかったらしい。目を瞑って撫でられるバーボンが可愛くてずっと撫でていたい。子猫を飼ったみたいだ。少しは懐いてくれたかな、と嬉しく思う。
そんな彼女の気持ちはつゆ知らず、彼は密かに願っていることがあった。それはdomにしかできないこと。彼女のことをdomだと思っていた彼はぽつりと呟いた。


「domに撫でられるのはやっぱり気持ちいいですね…」
「え?」
「え?」
「私はdomじゃないですよ?」
「………は?」


思わず驚いて固まる。これだけ撫でておいてdomじゃない…?と驚きを隠せない。ありえない、凄く気持ちよかったのに。


「私、ノーマルです」
「……」
「嫌でした?」


空いた口が塞がらない。今まで何で撫でていたのか。何も考えてなかったのか。ありえない。
いや、でも、そんな。


「何かの間違いでは…」
「うーん…」
「僕を撫でて気持ちよくなかったですか…?」


恐る恐る聞いてみる。お互いに気持ちいいからやる行為。心の底から湧き出る欲求を満たしたいと思うのがsubdomの性。
あまりのショックに真っ青になる自分がいる。


「え、はい」


あっけらかんと答えたその返事に血の気が引いた。



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