「まだおいで」

「大丈夫ですか?」


それはとても優しい声色だった。

冬の夜の静かな街で、街灯の光から隠れるように路地裏に座り込む男が一人いた。金髪をも誰にも見られないようにパーカーのフードを深く被る。
そんな小さな色を見つけた一人の女性が近寄って声をかけた。


「別に」


冷たい。
けど怪我をしてない、体調が悪いわけでもなさそう。


「座り込んでどうしたんですか?」
「…」


あらら、無視。
ちらりとこっちを見てぷいとそっぽを向かれた。ちょっとショック…と彼女は苦笑いして彼の前にしゃがんだ。


「動けないならタクシー呼んできましょうか?」
「…」
「いや?」
「…」


そんな嫌がる幼い子を宥めるような言い方を。
ちょっと恥ずかしくなった彼は思わず口を開いた。


「…関わらないでください」


今の彼は犯罪組織の一員。一般人とは関わってはいけない。今はまっすぐ帰るわけにもいかず、ここで休んでいただけ。この人通りの少ない通りの路地裏で。


「一人で帰れますか?」
「…馬鹿にしてるんですか」
「してないですよ、心配してるんです」


彼は今は犯罪者で。
一般人とは関わってはいけない。


「そうですか、心配してくれてるんですか」
「はい」
「なら部屋に上がらせてくれませんか」
「え?」


驚く彼女に彼はまっすぐ見て言った。こう言えば怯えて逃げるだろうと思って。
彼は彼女の手を取ると二人ともとても冷たい手をしてた。


「ね、上がらせてください」
「え、えーっと」
「僕具合悪いです」
「え!そ、そうなんですね、そしたら…、…」
「声かけたなら責任持って介抱してください」


引いて、嫌がって。
彼は彼女の手を握る手を無意識に強くした。拒否されたいのに体はそうは言ってない。
どうしよう…と悩む彼女をじっと見つめると彼女は微笑んで言った。


「分かりました。私の部屋行きましょう?立てますか?」
「…ん」


寒い夜の下、彼は彼女の後をついて行った。







なんでこんなことに?


「ベットで横になってもいいんですよ?」


拾われた子猫みたいに部屋の隅で小さくなって警戒してる…と彼女は思う。実際そんな感じである。
彼は眉間に皺を寄せて部屋の隅に座ってる。
彼女の部屋は女性らしい可愛らしい部屋だった。ベットにぬいぐるみ、壁にはインテリアや花が飾られている。
居心地が悪い、と彼は思う。


「何を考えてるんですか」
「?」
「会ったばかりの男を部屋にあげるなんて」
「??貴方の具合が悪いから…」
「…」


そうだった。自分が言ったことを忘れてた。


「そんな隅にいないでこっちにおいで?」
「…」
「いい子だからおいで?」
「……」


睨まれた。子供扱いするなということらしい。仕方ない、と暖房をつけたとはいえまだ寒い部屋、彼女はブランケットを持って彼に近づいた。肩にかけてあげると頭を撫でた。ふわ、と香る彼女の匂いと体温に目を見開く。


「具合はどうですか?」
「…」
「どこか悪いところありますか?」
「…」


うとうと、と撫でられている気持ちよさに身を任せていると撫でていた手から離れた。あ、と顔を上げると彼女は困ったように眉を下げていた。


「私とお話ししたくないですか?」
「…」
「それとも話せないくらい体調悪いですか?」
「……」


もっと撫でてほしい。あの気持ちよさなんだろう…と体がむずむずする。よくわからないけど気持ちよかった、と彼は何か喋ろうとする。けど、何を話せば。さっきから冷たい態度取って無理やり上がらせてもらって…、一期一会になんてしたくないと思った。


「あの、」
「ん?」
「な、名前教えて下さい」
「名前?」


彼女は彼の肩にかけていたブランケットのズレを戻すと優しく微笑んで言った。それはまるで汚れの知らない優しい微笑み。


「苗字名前です」


目を奪われて、逸らせない。ドキドキと高鳴る心臓に、気持ち悪さを感じつつもどこか嬉しい。


「名前、さん」
「はい、何ですか?」
「お願いが…」
「?何でも言って下さいね」


何ですか?と首を傾げる彼女。
まだドキドキと煩い心臓に察してしまうが、すぐ蓋をした。職業柄、他人こういう感情には敏感で他の女性に言い寄られること多々ある。けどどうだろう、今は自分、相手は一般人。金や欲に塗れた世界の人間じゃない。こんな善良な人間がいるのだろうか。素性も知らない男に声かけて部屋に上がらせて。襲われても文句言えない。
彼女に腕を伸ばして裾を掴む。


「撫でてほしい、です」
「え?…ふふ、いいですよ」
「…ぁ、」


よしよし、と頭を撫でられる。気持ちいい…と目を細めてうとうとし出す。そんな彼を見て彼女は可愛いと思う。撫でる手が降りてきて頬を撫で始めると彼はその手に擦り寄った。温かくて、心地いい。
気持ちよくてずっとこうしていたい…と思った瞬間、ハッとした。すぐに彼女の手から離れると冷や汗を流し始めた。僕は一体何を。


「どうしました?」
「、か、」
「か?」


何だろう、と首を傾げる。


「帰ります、お邪魔しました」
「え、?」


立ち上がってブランケットを押し付けられる。彼は早足で玄関に向かう。彼女はそんな彼を追いかけると言った。


「体調大丈夫なんですか?」
「大丈夫です」
「で、でも」
「ご迷惑をおかけしました。それでは」


玄関のドアを開ける。もう二度と会うことはないだろう。


「またおいで」


彼女の言葉に彼はきょとんと目を丸めるが、彼女はニコニコするだけ。暫くの間の後、彼はかあ、と顔を赤くすると目を泳がせて小さな声で言った。


「…また来ます」


絶対subだとバレた。



[*prev] [next#]