大好き

彼女に見せられない、こんな姿。


「ま、待ってくれ!金ならあるそれで」


組織を裏切った下っ端の男の髪を掴んで床に打ち付ける。うめき声が聞こえたけどそんなの関係ない。

彼女に会いたい。

いつも優しく撫でてくれて暖かく迎え入れてくれる。
こんな冷たいところより暖かいところに行きたい。


「組織から持ち去ったデータの居場所は」
「や、やめてくれ」
「そのデータを受けとる予定だった相手の名前は」
「うぐ、」


何度も顔面を床に打ち付けると頬に返り血がついたが、そんなこと気にしない。
どんなに血で汚れようとももう慣れっこだ。
何度も傷つけていく内に男は気を失った。あ、やりすぎた。顔や服に血が飛んだ。


「…後は部下に任せて帰ろう」


何だか体調が悪い。


頭は重いし、少しクラクラする。subの欲求が満たされなさすぎた。

名前さん、名前さん。僕を癒して。
その優しい声で名前を呼んで欲しい。

もう一週間も会ってない。

会ったら笑顔で迎え入れて欲しい、優しく抱きしめて欲しい。


「…あ、」


いつのまにか彼女がいるアパートまで来てしまった。帰ろう、今の姿で会ったら驚かせてしまう。


「(最悪、嫌われてしまうかも)」


嫌われたらもう生きていけない。嫌われないように綺麗なところだけ見せて好きになってもらわないと。


「バーボン?」


彼女の声にハッとして声がした方へ顔を向けると買い物袋を持った彼女は立っていた。
まずい、ダメだ、こっちに来ないでくれ。
返り血に気づかれたら嫌われてしまう。
そんなことは梅雨知らず、彼女は笑顔でこちらに向かってくる。


「一週間ぶりですね。お仕事お疲れ様です」
「…」
「上がっていきますか?丁度お菓子買ってきたところなんですよ」
「いや、その」
「?」


離れようとすれば彼女は「どうしたんですか?」と近づいてくる。
嬉しい、彼女に会えて嬉しい。一週間分、いやそれ以上に甘えたい…!
月が雲に隠れてよく見えないのか、彼女は何も知らない顔で近づいてくる。しかし、離れようとする僕に首を傾げた。


「?どうしたんですか?」
「こ、来ないで下さい」
「?」


早くここを離れなければ。
でも、頭がクラクラして足も重くて上手く動けない。


「バーボン…?…!!」


彼女は血に気づくと青ざめて、買い物袋を地面に落とした。しまった…!嫌われる…!と目を瞑る。どうしよう、なんて言って誤魔化そう。
すると思い切り抱きしめられて、目を見開く。…え?


「こ、こんな怪我して…!どうしたんですか!?」


け、怪我?…そうか僕が怪我してると勘違いしてるのか。優しい…返り血なんて知らない天使が僕を抱きしめてる。


「名前さん、汚れ…」
「そんなことどうでもいいんです!この怪我どうしたんですか!?早く手当てしないと…」
「…」


嬉しい、自分が汚れても汚い僕を抱きしめてくれる。心配する彼女を他所に嬉しくて嬉しくて仕方ない、僕も大切に抱きしめる。

彼女のことが好き。もうこの気持ちに蓋をしなくていい。彼女なら全て受け入れてくれる。
この身体も心も彼女のものにしたい。



「バ、バーボン、動きづらいです」
「んー…」


彼女の部屋に入ると心が暖かくなる。
そんなことより、ずっと後ろから抱きしめられると恥ずかしいのか顔を赤くする。可愛い…と眺めていると彼女は困ったように微笑んだ。


「ね?少し離れましょう?靴脱いで?」
「やだ…離れたくない…」
「えーと…」
「ね、さっき言ったように僕、体調悪いんです。看病して…?」
「確かに顔色悪いですけど…」


まだ体調は良くない。早く、subの欲求を満たして欲しい。癒して欲しい。それができるのは彼女だけなのだから。


「名前さん…」


後ろから彼女の首筋に顔を埋めて匂いを嗅ぐと彼女か小さくビクリと体を反応させた。はあ…いい匂い…落ち着く…と堪能していると彼女が身を捩って離れようとしたから強く抱きしめた。


「なんで逃げようとするんですか」
「バ、バーボンさっきから変です…」
「…」
「どうしたんですか?」


抱きついたりするのがおかしいらしい。戸惑いがちそう聞かれて、うーん…と悩む。


「体調悪いからです」
「そ、そしたら、ベットで横になりましょう…?」
「嫌です。撫でて、褒めてください」
「え、えーと…?」
「subの欲求を満たしてくれないとsubは体調が悪くなるんです」
「え!?そ、そうなんですか?」


そうなんです、と頷くと彼女は大変だ…と初めて知ったらしくショックを受けていた。彼女は僕の頭に手を伸ばすとそのまま撫で始めた。


「いい子いい子」
「…もっと」
「え、えーと」
「大好きって言って僕のこと抱きしめて」
「へ!?」


ボッと顔を真っ赤にする彼女が可愛くて眺める。どうしようどうしようと慌てて可愛い、好き。でも君は優しいから僕の為に何でもしてくれる筈。


「は、恥ずかしい」
「嫌ですか?」
「い、嫌では…で、でも、しないと体調悪くなるんですよね…?」
「はい、それはもう凄く」



ああ、早くその小さな唇で言って欲しい。興奮する自分を落ち着かせるように頭の中で何度も落ち着けと言い聞かせるけど無理。「さあ、名前さん。早く」と急かしてしまう。
早く大好きって言われたい。


「バ、バーボン…」


おずおずと広げられた両腕に僕はすっぽりと入ると彼女を抱きしめた。僕の背中に彼女の細い腕がまわってる。


「だ、だいすき…」


やっと言われた、嬉しい…!もっと言われたい。
はあ…もう無理、好き。大好き。
無意識に抱きしめる力を強くすると彼女は離れようともがき始めたけどそんなの気にしない。


「く、くるし」
「僕も大好きです…!体調が良くなるまで何度も言って下さいね…!」
「え、」


大好き、僕だけの名前さん。



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