触らないで

18時、仕事から帰ろうとする名前のスマホにメールが一通来る。


『お疲れ様です。そろそろ仕事終わりですか?外で待ってます。バーボン』


…?外で待ってる…?
思わず目が点になった。迎えに来たってことかな…?何も聞いてないけど…。
なら早く行かなければ。


「名前、これからご飯食べに行かない?」
「すみません、先輩。迎えが来てるらしくて…」
「迎え?」
「彼です」


その瞬間、先輩が固まった。名前は知らないけど最近優しい後輩に付き纏ってる男。名前を聞いても教えてくれない。まあ、知ったところでどうというわけではないからいいんだけど。でも気になる。


「私もその彼に会ってみたいな」





会社前に車を停めるわけにも行かず、少し離れた駐車場にいるらしい。そこに二人で向かう。


「ねえねえ、その彼ってどんな見た目してるの?」
「え?えーっと…金髪…?」
「チャラそうだもんね、話聞いてると」
「うん?」


噛み合ってない二人の会話。
先輩の中での彼は後輩に引っ付いて回るチャラい男になった。なんだか危ない男ではないか!?と段々不安になってくる先輩は後輩が弄ばれてるんじゃないかと心配になる。


「ね、ねえ…本当にその人大丈夫…?最初面白がってたけどさあ…」
「?優しくて温かい人ですよ!」
「そ、それはさー…」


名前のネジも何本か抜けてそう。
「あ、いました」と名前が言うと!と先輩は前を凝視する。駐車場のある白い車、…の前に立っている男が後輩に…付き纏ってる…と早歩きで向かう。何がしたいのか問い詰めてやると近づく、と。


「は!?めっちゃイケメン!!」


ずこーん!とびっくりする先輩。先輩はかなりの面食い。
てか明らかに外国人じゃん!日本語通じる!?あんた日本語しか喋れないでしょ!!!とパニック状態。
そんな先輩の他所に名前は「こんばんは」と呑気に彼に近づく。彼は名前に気づくと心底嬉しそうに顔を輝かせて早足で近づいてくる。


「名前さん…!こんばんは…!」


自然な動作で彼女の両手を取る。かわいい、好きとオーラを出しまくる彼に名前はニコニコしている。


「迎えに来てくれてありがとうございます」
「いえ、貴方の為なら僕は何だってします」


名前さん天使…と犬なら尻尾を振っている彼はずっと彼女を見ていた。そう、先輩のことは視界に入れていない。それに気づいた先輩「あのー…」と声をかける。が、無視。


「イケメンさん?」
「名前さん、早く帰って温まりましょう」
「おい」
「えと…貴方に紹介したい人がいるんです」


名前は彼の手から離れると先輩の腕を掴んだ。それを見た彼は黙ってしまった。じっとその彼女の手を見つめる。一方、先輩は気を取り直して笑顔になる。


「職場の先輩です。」
「初めましてー、名前の先輩の…」
「あの」


先輩の言葉を遮った彼は表情を変えずに言った。


「名前さん、こっち」


彼女の服を掴んでぐいぐいと自分の方へ寄せる。
「え、?」と足をもたつかせながら名前は先輩から離れると彼の隣に立った。ぽかんとする先輩を横目に彼は言う。


「僕、名前さん以外に興味ないので」


その瞬間、場の空気が凍った。



「バ、バーボン、嫌でした?」
彼女の部屋に着いて、名前はずっとバーボンに話しかけている。
名前が申し訳なさそうに聞く。さっきからツーンと冷たいバーボンに名前は焦る。何も喋ってくれない。
よくよく考えれば彼に何も言わずいきなり紹介したのが悪かった。そりゃ戸惑ってしまう。先輩もあの後、


「何このイケメン!顔がいいからって調子のんな!」


と泣きながらブチギレた。流石に不味い。名前も彼があんなことを言うなんて思ってなかった。


「ご、ごめんなさい、いきなりあんなことして」
「…」
「ちゃんとバーボンに前もって言うべきでした…」
「…」


無視されてる。目も合わせてくれない。どうしよう…としゅんとする名前にバーボンは汗を流して耐える。本当は怒ってないし、寧ろ拗ねているだけ。後ちょっと意地悪したい。…が、耐えられず痺れを切らして口を開いた。


「反省してますか?」
「し、してます!もうしません!」
「ふーん…なら」


名前が顔を上げるとバーボンがこっち見ていた。怒っているのかわからない表情で両腕を広げる。?と首を傾げる彼女にバーボンは言う。


「僕に抱きついて下さい」
「え、え?」
「ほら早く」
「ゆ、許してくれるんですか?」
「元々怒ってませんよ」


あれ、怒ってなかったんだ…と逆にびっくりしたけど名前は恐る恐るバーボンに抱きつく。ぎゅうとバーボンが彼女を抱きしめると幸せそうに目を細めた。


「(最高…)」


いつも僕から抱きついてるから彼女から抱きしめられるのは数倍嬉しい。

それにしてもあの女は許さない。
僕の彼女に触れやがって。

バーボンは更に抱きしめる力を強くする。


「僕も謝らないといけないことがあるんです」
「え?」
「いきなり迎えに行ってすみません」
「ふふ、全然気にしてませんよ」


彼女の優しさについつい甘えてしまいそうになる。
少しでも長く彼女と一緒にいたくて迎えに来てしまった。


「あの女、名前さんにベタベタして近くないですか?」
「(女…)そうですか?」
「はい。なんで?」
「え?」


バーボンはたまにおかしなことを言う。
スマホで友達とやり取りしていれば「今は僕に構ってほしい」とスマホを触らせないように手から離そうとする。テレビを見ようとすれば「僕といるのは退屈?」と付けさせないようにしてくる。退屈ではないけどスマホもテレビも見たい。
他のことに興味を出そうとすると阻止してくる。


「ねえ、名前さん。前に名前さんのことを変だって言ったのはあの女ですか?」
「え?ま、まあ…でももう気にしてませんよ」
「…」


あれ、また黙った。
いまいち彼が考えていることがわからない。


「そうですか、気にしてないですか(僕は気にしてる)」
「は、はい」
「あの女のこと、好き?」
「勿論、好きですよ」
「ふーーーーーーん」


そう冷たく言われて名前は今度は本当に怒らせてしまったと青ざめた。彼の嫌がることがわからない。
名前はバーボンの腕の中でもそもぞと動いて顔を合わせる。


「ね、ねえ、バーボン、何が嫌なんですか?教えてくれないとわからないです…」
「…」
「お、教えて?」
「…僕以外に触らないで」
「へっ?」


彼は恥ずかしいのか顔を赤くする。
先程、名前が先輩に触れていたのをずっと気にしていたのだ。もやもやして不機嫌になっていた。
予想外の返事に変な声を出した名前は、どう反応していいのか分からず黙ってしまった。


「えっと…」
「…気持ち悪いですよね、すみません、」
「え!?いや全然そんなことは思ってないです、ただびっくりしただけで」
「…嫌にならないですか?」
「…なりませんよ、でもそういうのは守れないです」


彼女のその言葉に口を紡んで黙ってしまったバーボンはポスンと彼女の肩口に額を乗せる。
悲しい、当たり前だけど悲しい。でもこれ以上彼女を困らせたくない。


「…僕のこと好き?」
「はい、好きですよ」
「…」
「バーボン?」
「…もっと言って」
「バーボンのこと好きですよ」


すると彼は彼女を再び強く抱きしめた。煩いくらいドキドキと鳴る心臓の音を聞かれるかもしれない。でもそれ以上に耳まで赤い顔を見られたくない。
好きで好きで仕方ない人に好きだと言われた。嬉しい、嬉しすぎてこのまま告白したいくらいだ…でも我慢しないと。彼女を確実に手に入れる為には。でも、


「僕も名前さんのこと好き…」


もう少しこの幸せな時間に浸りたい。



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