見たくない

「名前さん」
「んー?」
「…」


バーボンは私といる時楽しそうにする。
名前を呼ばれて返事をすれば、それだけで顔を綻ばせる。可愛いなとニコニコしていると彼はハッとして顔を直す。


「前にも言いましたが、気を抜いていいですよ」
「かっこわるいところは見せられないです…」
「そうなんです?」


そんなこと気にしなくていいのに…とバーボンの気持ちに全く気付いてない名前。そんな彼女の様子をまじまじと見つめるバーボンの心はモヤモヤしていた。
知らない男を拾って、そんな男がいつもやってきて、そして風邪引いて看病して。
なんでそんなに優しくしてくれるのか。もし僕じゃなくて他の男でも同じことをしてた?


「…名前さん、」
「はい、何ですか?」
「…」
「?」
「あの、」


怖い、もし誰にでもそんなことをすると言われたら…。


「欲しいもの…ないですか?」
「ふふ、無いですよ」
「そ、そしたらしてほしいこととか」
「うーん…今は特に…」


僕は求められてない…?とショックを受けるバーボン。ただ彼女の物欲がないだけである。


「…」


隣に座っている彼女に寄りかかる。聞けなかった。少しづつアピールして、確実に惚れさせてから聞こう。
すりすりと彼女にくっつくが名前は雑誌を読んでいて反応はしない。いつもこんな感じ。寛ぐ名前にバーボンが寄りかかるだけ。しかし、バーボンにとってこの時間が最高に幸せなひととき。ずっとこうしていたいし、もっと受け入れてほしい。


「そうだ、今日はどこかに出かけませんか?」
「え?」
「バーボンと出かけたいな」


ぽかん、と彼が口を開けた。暫く経った後、ぱあと顔を明るくしてデートの誘い…!と嬉しそうに照れる。


「(彼女から誘われるなんて…!)」
「嫌です?」
「!行きます!行きたいです!」
「ふふ、じゃあどこ行きましょうか」
「買い物でも食事でも何でも付き合います!」


バーボンの迫力に名前は笑顔で困った。何故彼はここまで自分に尽くそうとするのか。ただの友人の私にそこまでしなくても…と引いてしまう。


「ねえ、バーボン」
「?はい」
「バーボンはどうして私に尽くしたがるんですか?」
「そ、それは」


名前は彼の本当の気持ちが分かっていなかった。来てくれるのも、一緒にいて楽しそうにしてくれるのも友達だからだと思っていた。けど、友達だからとここまでするのは変だなとも思っていた。


「僕は…」
「うん」


バーボンは俯いて赤い顔を隠す。本当の気持ちを言う?その方が楽になれるかもしれない。もしかしたら付き合えるのかもしれない。
意を決して顔を上げる、緊張で顔が強張る。彼女はきょとんとして瞬きする。


「僕はあなたの事が…!」


その瞬間、ヴーと彼とスマホが震える。電話だ。
彼はそれを手に取ると相手は最近よく会うターゲットの女だった。会いたいからこっちに来て欲しいとのこと。通話を切ると名前が口を開いた。


「お仕事ですか?」
「…はい」
「そっか、また今度出かけましょう」
「…」


こくりと頷く彼は心なしか暗い。それに気づいた彼女は近寄って彼の頭を撫でる。ちょっと嬉しいバーボン。


「…行ってきます」
「うん、いってらっしゃい」







暗い街、車を走らせる彼は女を乗せていた。今から別場所からホテルに向かうところ。


「(今日は一日中名前さんと一緒にいるはずだったのに…)」


隣の女を恨まずにいられない。女はというとそんな彼の気持ちなどつゆ知らず、外の景色を眺めている。


「ねえ、バーボン」
「何ですか?」
「最近、何かいいことあった?」


女は鋭い。あの子の存在は知られてはいけない、こっちの世界に巻き込んではいけないから。バーボンはにこりと微笑んで「最近よく眠れるんです」と答えた。


「あ、分かった。前言ってた梅昆布茶でしょ」
「当たりです。貴方もどうです?よく眠れますよう」
「どうしよっかなー。最近忙しくて寝てないのよね」


そういえば彼女にまだ作ってもらってない。

忘れてるのかな、いや優しい彼女が忘れるわけがない。早く会いたい、僕の名前さん。

今は夕方から夜に差し掛かる時間。今日はもう会えないか…と彼は運転しながら思う。
すると見慣れた女性が歩道を歩いていて、思わず目で追ってしまう。


「(名前、さん…?なんで…)」


知らない女と歩いてる大好きな彼女。いやだ、そんな笑顔を他の人間に向けないでくれ、と不安になるバーボン。ドクンドクンと心臓が嫌な音を立てる。
早く彼女に会わないと。僕を受け入れてもらわないと。


「バーボン、さっきの道右折しないと」
「あ、ああ…こっちの方が近道なんですよ」
「そうだっけ?」


名前さん、名前さん。
バーボンは彼女のことで頭がいっぱいだった。





23時、今日も疲れたから寝ようかなと寝支度をしている彼女の部屋のインターフォンが鳴った。バーボンかな?と慣れた足取りで玄関に向かえばやっぱり彼がいた。俯いて何も喋らない。何かあったのだろうかと彼女は部屋に上がらせると彼は抱きついてきた。名前は抵抗せず受け入れると優しく彼の背中を撫でた。


「大丈夫ですか?」
「…ね」
「え?」
「僕だけですよね、こうやって優しくしてくれるのは僕だけですよね…」
「へ??」


何が言いたいのだろうか、名前は分からず困惑した。しかし、彼は縋り付くように抱きしめる力を強くする。


「私何かしました?」
「さっき、他の人間と歩いてるところを見ました…」
「え?あ、ああ…職場の先輩と遊んでました。見かけたなら声かけてくれればよか」
「なんで一緒にいたんです」
「え、え?」


顔を向き合うと彼は不安と怒りが混じった表情をして彼女は更に困った。なんでそんな表情をするのか、そんなに悪いことをしたのか。


「えと…?」
「…今日は僕とずっと一緒にいる予定だったじゃないですか」
「でもそれは無しになったから私は…」
「嫌だ…見たくない…あんなところ見たくない…」
「バーボン…」


理不尽。
彼女が誰と仲良くしようが彼には関係ないし、それについてとやかくいう権利はない。
彼女が誰に優しくしようがそれは彼女の勝手であって、彼にはそんなことを決める権利はない。

でも優しい彼女はそんなこと考えてない。ひたすらに彼の不安な気持ちを知りたかった。


「バーボン、ごめんなさい」
「…!だ、だめです」


少しの沈黙の後、彼女は彼から体を離そうとした。その行動に嫌われたと思った彼は自分の行動が如何に自分勝手か理解すると同時に焦り始めた。真っ青になって彼女を引き止めようと腕を伸ばす。


「え?あの、」
「お願いです、離れないで、お願い」
「何か勘違いして」
「いやだ、名前さん、名前さん…」


バーボンが壊れそう。彼女にしがみつく彼はキツくキツく抱きしめる。「痛い、痛いですよ」と彼女はもがくが、そのせいで彼の腕の力は強くなる。
逃げないようにしないと、と彼は無理やり彼女をそばに置こうとする。
でもこれだけじゃだめだ。


「名前さん、何か欲しいものないですか?」
「え?」
「欲しいものです。プレゼントしたい」
「な、ないですよ」
「…プレゼントしないと名前さんが」
「私が離れると思ってるんですか?」


黙ってしまったバーボンに名前は苦笑して頭を撫でた。
そっか、成る程、と理解した彼女は優しく彼を抱きしめる。


「沢山プレゼントしてくれるのは私に側にいて欲しいからなんですね」
「…」
「大丈夫ですよ、そんなことしなくても私は側にいますよ。」
「…」
「ねえ、バーボン」
「…はい」


いつの間にか力が抜けていた彼の頬を撫でる。彼は気まずそうに目を逸らす。


「私はバーボンと一緒にいると凄く楽しいですよ」
「…」
「バーボンは楽しい?」
「た、楽しいに決まってます、凄く楽しいです…!」
「ふふ、」


慌てた様子の彼に名前はおかしくなって笑いが溢れる。


「私はバーボンと友達になりたいです」
「も、もう友達…」
「ううん、執拗にプレゼントする関係は友達じゃないですよ」
「…」
「でもプレゼントが嬉しくないってわけじゃないです、誕生日とかそういう時はしてくれると嬉しいです」
「…わかりました」


しょぼんと落ち込んでしまったバーボンに名前はあらら…と困った。暫く頬を撫でていると彼女が口を開き言った。


「バーボン、私にしてほしいことはないですか?」
「え?」
「いつも貴方にしてもらってばかりだから」
「そ、そんなことは」
「そっか…」
「で、でも許してほしいことがあります」
「うん?」
「…」


顔を赤くした彼の言った言葉に彼女は目を瞬きさせたが、すぐに笑顔になって頷いた。



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