危機一髪

「名前さん、このお礼は絶対します」
「あらー」
「何か欲しいものはありますか?何でもいいです、少しでも欲しいものがあったら」
「大丈夫ですよ、私が好きでやってるんですから」
「す、好き…」


ぐいくい来ていた彼だが、好きという単語に反応する。照れ照れと嬉しそうにする。いやいや違う、そういう意味じゃない。しかし、今の彼はそれどころじゃない。彼女から好きという言葉が聞けただけで幸せいっぱいだった。
そんな彼の様子を見て彼女はうーんと考えた。


「そしたら、バーボンにしてほしいことかあるんですが」
「!はい、何でもします。貴方の命令は絶対に聞きます!」
「え、いやそこまでは…」
「何ですか?仕事の迎えですか?それとも嫌いな人間を消したいとかですか?あ、やっぱり夜の」
「ちょ、怖い、怖いですよ」


なんだか怖い言葉が出てきた。

バーボンが普段何してるか知らないけどいつも高そうなベストとかシャツ着てるし、お金持ちなのは薄々気づいてた。だけど、まさか怖い世界の人じゃないよね…?

と彼女は冷や汗を流しながら彼の顔を見るが、彼はニコニコして彼女の言葉を待っている。
そんな悪い人には見えないけどなあ…と彼女は何の根拠もなく思っていた。まいっか、と完結させると彼女は言った。


「今日はゆっくり寝ること」
「…へ?」
「目の下にクマできてますよ。お仕事大変なのは分かりますが、今日はゆっくり休んで寝てください」
「あ、あの、」


面を食らったような表情をして彼はぎこちなく口を開いた。「?どうしたんですか?」と彼女は首を傾げる。少し顔を青ざめた彼は固まってしまった。


(え、え?名前さんはそういうことは期待してない?)


さっきのテレビはなんだったのか…!またもや混乱するバーボン。
因みに名前は一つもそんなこと考えてなかった。


「いや…わ、わかりました、」
「うん、いい子」


頭を撫でられる。
遠回しに断られたと勘違いするバーボンは心の中で泣くが、それ以上に彼女はちゃんと線引きするんだと安心する。

その後はテレビ見たり談笑して楽しく過ごしていた。


「そろそろ寝ましょうか」


そう彼女が呟いた時、バーボンはぴくりと反応した。それまでは何とか話をして誤魔化していたけどやっぱり期待してしまう。
だって、夜、同じ部屋に好きな人と二人きり…。


「や、やっぱり駄目です!」
「へ?」
「か、帰ります!」
「バ、バーボン?」


絶対耐えられない!と彼は濡れた服と鞄を持って早足で玄関に向かう。熱くなった顔を見られないように。彼女は必死で追いかける。


「ま、まだ雨降ってますよ?お願いだからゆっくりして?」
「だ、大丈夫です、ほんとうに」
「それに服だって全然乾いてないのに、」
「…ほんとうにへーきです!」
「バ、バーボン…?」


思いっきり彼女の方に振り向いたバーボンは汗を流しながら顔を真っ赤にしていた。一生懸命に彼女を睨んで一歩また一歩と近づいてくる。初めて見た彼の表情に名前は黙って一歩下がった。


「あなたはわかってない…」
「へ?」
「僕が…どんなおもいで…ここにいると…」
「…」
「なのに、あなたは…、」
「バーボン…」


熱の帯びた目で彼女を見つめる。ゆっくりと腕を動かすと彼女の肩を掴む。少し強い、と彼女は表情を強ばらせる。


「僕は、名前さんのことが……、…」
「…」
「……」
「あの…?」


何も喋らないバーボンに彼女は恐る恐る話しかける。心なしかふらふらしているような、してないような。


「名前、さん……、」
「だ、大丈夫ですか?」
「……い、」
「何ですか?しっかりして?」


目の視線が合わない、完全に限界がきた彼は力無く彼女に寄りかかる。彼女は「わっ、え、おも、重いいい…、」と顔を赤くして踏ん張る。意識が朦朧とする中、自分が今どうなっているのなわかってないバーボンは名前さんのにおい…と体重をかけて抱きつく。


「バーボン熱いです、早くベットにぃいい…、頑張って動いてええ」
「うめこんぶちゃのみたい…」
「それ言いたかっただけなんですか!?」


力を振り絞ってバーボンをベットに寝かせた名前は彼の頭を撫でた。風邪をひいていたらしい。薬飲めるかな、と心配そうに見つめる名前は先程の彼の言葉を思い出していた。


(どんな思いでここにいると思ってるのか、かあ…)


何故、彼が何度もここに訪れるのか。
友達だからだと思っていた。初めて会って、困ってると思って助けた。知り合うきっかけも友達になるきっかけも些細なことでいいと思う。楽しい時間が過ごせたのなら、その人は友達だと思っていた。


「でもバーボンからは聞いたことなかったなあ…」


いつか教えてね、と彼女は小さく柔らかい声で囁いた。


朝起きると頭が重い。少しくらくらする。そして、自分の部屋ではない天井に少し考える。


「!!」


昨日体調が突然悪くなって色々と口走った…!と一気に冷や汗が出る。まずい、どうしよう、好きだってバレた。まだ駄目なのに。血の気が引いて、真っ青になる。


「ん…」
「!名前さん…!」


床に布団を敷いて寝ている彼女に気づいた彼は急いでベットから降りて彼女の側に座った。
どうすればいい、なんて言えば彼女を誤魔化せる?


(だ、大丈夫、…沢山プレゼントして心を繋いでいるのだから少しくらいアクシデントがあっても離れないはず)


彼女は優しいから僕から離れない、距離ができてしまったならまたプレゼントして戻せば大丈夫。
そう、大丈夫な筈。
なのに、こんな不安になるのは何故。


「…あ、おはようございます…」
「お、おはようございます、」


彼女は眠そうに目を擦りながら体を起こす。のんびりしている彼女とは正反対に、必死で昨日のことをどう誤魔化すか考えている彼。
するとそんな彼を彼女はじっと見つめる。


「…バーボン、」
「…はい、」


何を言う、彼は心臓をバクバクさせながら彼女の言葉を待つ。
彼女は神妙な面持ちで言った。


「今、梅干し切らしてるんですよね」
「…へっ?」
「なので梅昆布茶はまた今度でいいですか?」
「は、はい」


なんで梅昆布茶?あ、でもそんなこと言ったかも。

バーボンが思い出したのその前のことで告白すれすれのこと言ったこと。
眠そうな彼女の様子を見て、何となく安心する。いつも通り優しい彼女、離れないでいてくれる。


「体調は大丈夫ですか?」
「あ、まあ…」
「でも薬飲まないと…。無理しないでくださいね」
「…心配?」
「勿論、バーボンのこと、凄く心配です。少しでも辛くなったら言ってくださいね」


こくりの頷くバーボンの頭を名前は優しく撫でる。触れられると心はふわふわして温かい…と気持ちよさに浸っていると彼女の温もりは離れた。残念だ、と思っていると彼女はふわりと微笑んで言った。


「朝ご飯は目玉焼きと味噌汁でいいですか?」
「は、はい、」
「じゃあ、今から作っ」
「あの、」
「ん?」


他に何か食べたいものがあるのかな?と言葉を遮った彼の言葉を待つ。しかし、彼は目を泳がせている。モヤモヤしている彼はあることが聞きたくて仕方なかった。


「…#名前さん、その」
「はい、何ですか?」
「……」
「?」
「…今日は仕事…?」
「お休みですよ、バーボンは?」
「僕は夜から…」
「そしたらそれまでゆっくりしましょうか」
「!はい…!」


聞けなかった。
本当に彼女は優しい。これ以上惚れさせて僕をどうしたいのか。
彼は彼女に腕を伸ばすと乱れた髪を手櫛で整え始めた。さらさらな髪、今の自分は彼女と同じ匂いがする。それだけで幸せだった。
彼女は嫌がらず彼の好きにさせていると、バーボンは口を開いた。


「…今日一日ずっと一緒にいれる」



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