欲しいものがあったら絶対に

「これ、マフラーのお礼です」
「え?」


やってきた彼が少し緊張した面持ちで白い紙袋を彼女に渡す。
マフラー…、この前断捨離であげたやつ。…と彼女があの時の場面を思い出す。


「!いやいや!あれは捨てる予定のもので…!お礼なんて…!」
「それでも僕は嬉しかったんですから、貰って下さい」


捨てるものでお礼を貰うなんてとんでもない!
でもここで断るのも良くないよね…と彼女は頷いてお礼を言う。「開けてもいいですか?」と聞くと彼は勿論と言った。紙袋の中には白い箱があった。
中から出てきたのは茶色とピンクのハンドバッグ。


「わー!可愛い!ありがとうございます!」
「いえ」
「大切に使いますね!」
「…」


彼女は言わなかった。ブランドものに疎い彼女だが明らかに高いものだと…!しかしプレゼントの金額のことを言うのはご法度。
でも嬉しいことには変わりない。彼女はそっちの気持ちの方が強く鞄を眺めているが、彼はあまり反応しない。


「バーボン、どうしました?」
「…あ、えと」
「?」


目を泳がせる彼に彼女は首を傾げた。何か変なところでもあったのだろうか。
すると彼は表情を固くしながら口を開いた。


「う、嬉しい…?」
「はい!凄く嬉しいです!」
「ほ、本当に?」
「ふふ、本当ですよ!宝物にしますね!」
「よ、良かった…」


力が抜けたのか彼ははあとため息をついた。
本当に気に入ってくれるか不安だったんだなあと彼女はその時はあまり気に留めてなかった。


それから彼はよくプレゼントを持ってくるようになった。ある日は化粧品、またある日はアクセサリー。どれも高級なもの。あまりにもプレゼントされるので無理しなくていいと遠回しにやめさせるように言ったが、落ち込んだ表情でこう言われた。


「嬉しくない…?」


まるで犬が耳を伏せているかのような雰囲気に彼女は強く言えず、受け取ってしまう。
プレゼントは嬉しい。けど、気後れしてしまう。こんな高いもの、何故彼は何度もプレゼントしてくれるのか。


「バーボン…、私は心配ですよ」
「?何がですか?」
「バーボンのお財布が」
「???」


きょとんとするバーボンに彼女は困ったように言った。


「だって…こんなに高いものを何個も買ってたら大変なことになりますよ」
「ああ、そんなこと気にしないで下さい」
「そ、そんなこと…」
「それより」


彼は目尻を下げながら彼女にずいと近づいて、両手を取る。彼の影が彼女にかかる。


「ねえ名前さん、欲しいものはないですか?」
「ほ、欲しいもの…?」
「何だっていいですよ。美味しい料理でも服でも宝石でも。」
「え、え?」
「僕が全部プレゼントします。貴方が欲しいものは僕が全て用意したい」
「あの、」


何を言っているのだろうか。彼女は少し引いてしまう。そもそも、彼女はそんな物欲は強くない。いきなりそんなことを言われても困惑するだけ。
でも彼はまだ知らなかった。欲しいものをプレゼントすれば、振り向いてくれると思っていた。
バーボンは更に顔を近づけて言った。


「だから欲しいものがあったら僕だけに言って下さいね」


彼女に好きになって欲しい。沢山アプローチして付き合いたい。自分のものにしたい。だから、沢山プレゼントして彼女に貢いで振り向かせたい。


だって、そうすれば皆喜ぶから。
欲しいものをあげれば好きになってくれる。


「バーボン、このドレスどう?」
「お似合いですよ」
「そうよねえ、前にバーボンがプレゼントしてくれたものだもの」


夕方、ここはホテルの一室。派手な女が彼があげたドレスを身に纏っている。女は嬉しそうに鏡映った自分を見ている。しかし、彼は一つも嬉しそうじゃない。


(今日は彼女に会えないな…。帰るのは明日の昼でその後は……)


忙しい。愛しの彼女に癒されたい。
彼女の優しい声と柔らかい笑顔を思い出して、ぼーっとしていると女の不服そうな声が聞こえた。


「ちょっとバーボン聞いてるー?」
「はい、聞いてますよ。こちらのネックレスの方がお似合いですよ」
「ふふ、そう?」


彼が女の後ろについて、ネックレスを首につける。ふわりと香る香水に彼は気にも止めず離れる。


「それじゃ、パーティ行きましょう」


女はそう言ってバーボンの腕を引いて部屋を出た。







「名前さん、名前さん…」


雨が降る中、彼は傘をささずふらふらと夜道を歩いていた。服や髪が濡れるがお構いなし。ここはどこだろう。


「名前さんに会いたい…」


顔を真っ青にして彼は呟いた。

最悪だ、あんな女と寝るなんて。でも仕方なかった、仕事だから。情報収集するのが僕の仕事。情報をあげるから一緒にいて欲しいなんて。


「…」


当たり前か。利害の一致であの女とは一緒にいる。何かが欲しければこちらもそれ相応の何かを用意しなければならない。

僕だって彼女が欲しいからプレゼントし続ける。


「バーボン?」
「!」


聞き慣れた声が後ろからして振り向けば彼女が立っていた。いつの間にか彼女のアパートの近くにいたらしい。彼女は小走りに近づいてきて傘を彼に傾けた。


「大丈夫…じゃないですよね。」
「…」
「寒いですから私のアパートに来ましょう?」
「…はい」


彼の暗い様子に気づいた彼女はそれ以上は何も言わなかった。
アパートに入れば、彼女がタオルで彼の髪を拭う。


「風邪引いちゃいますから、お風呂入りましょうか」
「…」
「服は…コンビニで買ってきますね」
「あの、」
「ん?」
「…なんで一緒にいてくれるんですか?」


なんで、そこまでするのか。色々プレゼントしてくれるから?そしたらもっとプレゼントする。何をプレゼントしたら付き合ってくれる?


「こんな落ち込んでる友達を放っておけないですよ」
「と、友達…?」
「はい、友達ですよ」
「…」


友達…と彼が呟くと風呂が湧いたと知らせる音楽が鳴る。
彼女が「コンビニ行ってきますね」と言って離れると彼はじっと彼女の背中を見つめた。視線に気づいた彼女は振り返って微笑んだ。


「ちゃんと温まって下さいね」


風呂に浸かっていると彼はぽけーとぼんやりしていた。彼女の部屋の風呂…温かい…と思いながら幸せに浸る。彼女といると心が満たされる。なんだろう、これ。


「友達かあ…友達、ふふ」


嬉しい、彼女から友達だなんて…。少しづつ仲良くなってそれから…。幸せな未来を想像する。頬が赤くなる。
すると、玄関のドアが開く音がした後にパタパタと足音が聞こえた。コンビニに行っていた彼女が戻ってきたのだろう。


「バーボン、服置いておきますからね」


と言って脱衣所から出た。
プレゼントする口実が出来た、とのんびり思っているとそういえば僕の服はびしょ濡れなんだっけ?と今更ながら思う。


「…」


ぴちゃん、と蛇口から雫が落ちる。


「!!!!」


え、待て。と、泊まっていいのか…!?とドキドキと心臓が慌て始める。


「あ、服ピッタリでよかったです」
と呑気に言う彼女。グレーのスウェットを着ている彼は緊張で固まっている。


(期待してもいいのか…?彼女も僕のこと好きだった…?)


それは嬉しすぎる。僕も好き、大好き。


「落ち着きました?」
「あ、…」


待て、今ここで頷けば甘かしてくれなくなる。
そう考えたバーボンはすすす…と彼女の隣に座って寄りかかる。


「…」
「ふふ、まだ落ち込んでるみたいですね」
「…ん」
「髪乾かしますね」
「はい…」


彼女はドライヤーを持ってくると彼の後ろにまわって髪に触れる。心地よいそれに彼は頬を赤くして目を細めた。ずっとこの時間が続いて欲しい、ずっと触れてほしい。

名前さんが好き。

早く告白したい。でもまだ彼女の気持ちが分からない。先走って振られるなんて絶対駄目だ。


「はい、乾きましたよ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、私もお風呂入ろうかな…」
「…」
「てきとうにテレビでも見てて下さいね」
「はい」


パタン、と脱衣所のドアが閉まる。
テレビ…と彼はテーブルの上にあるリモコンを手に取ると電源をつける。指先まで緊張する。ばくんばくんと心臓がまた煩いくらいに響く。


(いや、まだ早い…!普通に寝るだけ普通に…!!)


顔が火が出るほど赤い。彼女は純粋に助けてくれただけで、疾しいことなど一切考えてないはず…!と彼は自らの煩悩を消そうと努力する。期待と不安で
混乱している自分を落ち着かせる。深呼吸して何度も息を吐く。


「大丈夫…、何もしない…」


とほんの少しだけ落ち着いた時、テレビの音がやっと耳に入った。街中でインタビューを受ける若い女性が大きく映っている。


『やっぱり自分の部屋に男性がきて何もなかったら残念ですよね』


何の質問かも何もわからないけど、自分の今の状況と重なっているのは分かる。
バーボンの心を乱すのには充分だった。



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