それは寒い夜の出来事

その日はとても寒い夜だった。

名前は静かな街を歩いていた。こっちの方が近道かな?と少し慣れた帰り道を探索する。狭い路地裏は更に暗かった。街灯が入らず、月の光だけで照らされる。まあ大丈夫だろうと彼女はゆっくり歩く。

すると、前の方にきらきら光る…何かを発見した。

なんだろあれ、と思いつつ歩く。徐々に近づいて分かった。

人の髪だ。男性が一人、真っ黒なパーカーとこれまた真っ黒な帽子を深く被って地面に座っていた。


「こんばんは」
「…」


挨拶しても返事がない。暫く待ってみてもない。…大丈夫だろうか、と心配になって肩を揺さぶろうと腕を伸ばす。


「触らないで下さい」


生きてた、起きてた。彼女は腕を引いて、よかったとふわりと微笑んで言った。


「今日はとても寒いですから、早く帰りましょう?」
「…」
「動けないですか?送りますよ」
「…」


しつこいだろうか、でも心配。にこにこ、彼女はとても優しい人。

それは真逆の彼は少し怪訝そうな表情をしていた。下を向いて彼女を見ようとはしない。なんでこんな怪しい奴に話しかけるのか、というか触らないでと嫌がったのになんで離れようとはしないのか。イライラ、むかむか。


「大丈夫ですか?」


優しさに心がもやもやする。優しい声、温かい言葉。
さっきまでいた所はとても汚い所。金と、女と、欲に塗れた汚い所。だから、そのギャップに頭が追いつかない。


「大丈夫です」


いやいや、そんなこと言ってる場合じゃない。怪しまれたら厄介だ。さっさと通り過ぎてほしい。
すると、目の前にいる女が動く音がする。鞄や服が擦れる音。するとふわりと白いコートが男の肩にかけられた。


「なっ、」


驚いて思わず顔を上げる。何するんだやめろ、と文句を言おうと口を開ける。
目の前にいた彼女の顔を初めて見る。


「かっ、」
「か?」


いやいやいや、可愛いなんて思うわけない…!と彼は口を強く紡ぐ。冷や汗が流れる、顔が熱い。
いやいや、そんなまさか。
混乱する頭の中で彼は彼女から目線を外そうと必死になる目が離せない。
どきどき、と高鳴る心臓。


「大丈夫ですか?体調悪いんですか?」
「いや、あの、」


彼女が地面に膝をついて、彼の顔を覗き込むように顔を近づけてくる。
冷や汗が止まらない、顔が熱くてどうにかなりそうだ。少しでも彼女から離れようと地面に手をついて後ろに下がろうとするが壁があってそれは出来ない。
でも、


「あ、あの、」
「ん?」
「よ、よかったら、その、」
「うん、何ですか?」
「…」


言え、ここでチャンスを掴まないともう会えないかもしれない。


「お、お邪魔しても…」
「ふふ、良いですよ。ここから近いですから行きましょう?」


手を差し出される。

優しい声に温かい言葉。ふわふわして可愛い、汚れなんて一切ないくらい綺麗。

自分とは真逆の存在。繋ぐ掌がとても暖かい。ずっと繋いでたい。





「すぐ暖かくなりますから、待っていて下さいね」


彼女は彼を座布団の上に座らせるとそのままコートを彼の肩にかけた。そしてマフラーを巻いて、ブランケットも。
ここが彼女の部屋…と心が躍るがポーカーフェイスで何とか堪えた。部屋は寒かった。でも心は温かい。


「モコモコの靴下も…」
「いや遠慮します」
「そうですか?」


暖かいのになあ…と呟く彼女は靴下を置いてキッチンの方へといった。「ココア用意しますね」と冷蔵庫を開ける。そんな彼女を彼は毒でも入れるつもりか…と怪しんでしまうのは職業病。どう見ても一般人な彼女がそんなことする筈もないか、と溜息をつく。

知らない男を部屋を上げるんだ。そういう疾しい気持ちがあるのだろうか。そんなふうには見えないけど。いやいや、というか彼女はこんな簡単に異性を部屋に上げるのか…?嫌だな…。


「ココア持ってきました。温かいですよ」
「…頂きます」


どうせ人助けくらいにしか思ってないんだろうな、と彼は少し心の中で拗ねる。
ココアは少し熱かった。


「温かくなりましたね。暑くないですか?」
「…いや、」
「じゃあコートだけしましょうか」
「…ぁ、」


問答無用でマフラーとブランケットが取られた。がーんと彼は少しショックを受ける。すると頭を撫でられた。


「よしよし」
「!な、なにを、」
「ん?可愛いから」
「…っ、」


僕は男だとか、いきなりとか、言いたいことは沢山あったけどあまりに嬉しくて彼は顔を赤くしたまま黙って撫でられ大人しく続けた。目を合わせないに泳がせていたら彼女の声がした。頭から彼女の体温が離れた。


「あ、嫌でした?」
「!!い、嫌では…」
「すみません、こういうのは良くなかったですね」


彼女は申し訳無さそうに言った。
上手く伝わらなかった。焦った彼はどうすれば撫でてもらえるか悩む。隣でココアを飲む彼女をチラチラと盗み見る。撫でられたい、触れられたい、…いやいやそんな事を言うのは変だ。
悩んだ末に彼は少し彼女の肩をもたれかかった。


「…」
「…ん?ふふ、」
「…い、嫌ですか?」
「いいえ、大丈夫ですよ」


身長差があるので彼は二の腕が彼女の肩にもたれかかる。触れてる面積は小さいけど、心がとても温かい。とくんとくんと心臓が幸せな音を立てる。


(まさか、一目惚れするなんてなあ…)


ちらり、と隣の彼女を見る。良い匂い、抱きついたらもっと彼女を堪能できるんだろうな、と変態じみた考えが過ぎる。

可愛い、好き。


「暫く…こうしても…」
「勿論、いいですよ」


彼女は花を咲かせながらふんわりと微笑む。
こんな汚い僕を何も聞かず受け入れてくれる。だからもっと受け入れられたい。

彼は彼女に気づかれない程度にもたれかかる体重をかける。



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