何も出来ない

「あ、ああ…名前さん…」


僕の名前さんが…と真っ青になるバーボン。
暗い街に男女が二人、並んで歩いてる。お互い楽しそう。そんな様子を建物の影に隠れて盗み見る男。


「始末しないと…」


手をついている壁を無意識に強く掴む。
さりげなく彼女の肩に触れるあの男が憎くて仕方ない。

そもそも彼女も彼女だ。あの男の好意に薄々気づいてるくせに会う。ちゃんと断ってくるからと言ってるのに、優しいから断りづらい。なかなかできない。なら僕がやると言っているのにそれは断られる。


「…彼女に知られずに始末した方が手っ取り早いな」


ぽつりと呟く。

でもなあ…何もしないでと言われてるから僕から何かする訳にはいかないし。……。

うーん、と考えるバーボンは一つ閃いて、そのまま彼女の元まで駆けていく。


「名前さんっ」
「わっ」


後ろから勢いよくがばっと抱きつけば、彼女は少しよろける。名前がバーボンに気づくと「へ!?」とかなり驚いた声を出した。目を丸めている土井に彼は構わず彼女を強く抱きしめる。


「名前さん、名前さん」
「え、ちょ、なんでここに」
「名前さんを見かけたのでつい」
「ちょ、ちょっと離れて」
「離れますから帰りましょう?」


べたべたと彼女にくっつくバーボンは冷たい視線を土井に送る。

仲良いところを見せつけて引かせよう作戦。

だけど、名前さん好き…と別の方向に行きそうな頭をどうにかして引き戻す。離れて下さい…!と名前は必死に彼に腕を伸ばして押す。しかしバーボンの腕の力が強くて離れない。


「名前さん、いつものしてください」
「?いつもの?」
「ただいまのキス」
「そんなこと一度もしてないじゃないですか!」


キスしようと顔を近づけてくるバーボンに名前は必死に抵抗する。その様子を気まずそうに見ていた土井は恐る恐る口を開いた。


「あの…」
「は!!」


名前は土井の存在に気づくと未だキスしようとするバーボンに向かって言った。


「お座り!」
「!はい」


素早く地面に座り込むバーボンは熱い視線を彼女に送る。命令された、嬉しい…とハートマークを浮かせているが、肝心の彼女ははあと溜息をついた。


「名前さん…」
「全く…なんでここにいるんですか?」
「それは偶然で」
「本当に?」
「…」
「本当は?」
「つけてました」


ぺち、と全く痛くないけど彼の頭を叩く。その行動すらも好きになってしまう要因で、彼は地面に座ったまま彼女の足に抱きつく。


「名前さん、好きです…」
「はいはい、もう帰ってくださ」


周りがヒソヒソとこちらを見ているのに気がついた。外で女性にベタベタする男性とそれを嫌がる女性とそれを近くで見る男性。修羅場…?と周りは好奇の目で見ている。サッと青ざめた名前はバーボンの首根っこ掴んで「すみません!!今日は帰ります!」と足早に帰って行った。




「名前さん、抱きしめてください…」


甘えたいバーボンは猫撫で声で彼女にせがむが、名前はつーんと無視。怒った…と惚れ惚れしている彼に名前は言った。


「外であんなことするなんて…」
「あんなこと?」
「抱きついたり好きって言ったりです!」
「ああでもしないとあの男のところに行ってしまうと思って」
「…」
「ねえ、そんなことよりイチャイチャしたい…」


そっぽ向く彼女の横から抱きつくが、彼女は抱きしめ返してくれない。ムッと顔を顰めたバーボンが顔の近づけて言う。


「名前さん、抱きしめて」
「嫌です」
「撫でて」
「嫌です」
「…キス」
「もっと嫌です」


ぐぐ…と歯を食いしばるバーボン。彼女に嫌われたくないから嫌がることはできない、けど抱きしめられたいし甘やかされたい。
兎に角、今は彼女の機嫌を取らないと。


「名前さん、もう邪魔しませんから」
「…」
「勝手に後つけませんし、外で抱きついたりしません」
「本当に?」
「はい、約束は守ります」
「じゃあ…」


ニコニコしている彼女にバーボンは思わず面を食らったように黙った。え、何。


「二週間、私に触れるの禁止です」


その瞬間、血の気が引いた。彼女が言ったことが理解できず固まっていると、名前は彼の腕を離そうと手を伸ばす。


「はい、離れてください」
「あ、あの、」
「ん?」
「や、やだ、耐えられない」
「頑張って。二週間じゃなくて一週間にしましょう」
「無理、そんなの我慢できない」


無理無理と首を横に振る。少し離れた彼女を取り戻そうと必死で抱きしめようとするが、名前はそれを拒否する。「名前さん、名前さん」必死で彼女の名前を呼んで懇願するが、当の本人は困ったように微笑むだけ。そして、彼の頬を撫でると言った。


「ちゃんと約束を守れるって証明して?」
「証明…」
「うん、そしたらご褒美あげますから」
「な、何くれるんですか?」


恐る恐る聞いてきたバーボンに名前はうーん、と悩む。
バーボンにとってのご褒美…そうだ。


「キスしてあげます。」
「…へ?」
「…ん?」


面を食らったような表情をする彼を見て彼女も驚く。


…今なんて言った?



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