楽しい夜に

「すき…すき…」


吐息混じりにそう呟くと彼は彼女の首筋に顔を埋めた。ちゅ、ちゅと何度もそこにキスすると舌を這わせる。甘い肌にクラクラしそうになるが、もっと味わいたい、触れたいと夢中になる。


「はあ、すきです、」


何度も好きと伝えるが答えてくれない。それでも彼は幸せそうに目を細めると自分の右手を彼女の左手と絡める。


「ふふ、だいすき」


うっとりした目で彼女を見つめる。名残惜しそうに彼女の左手を離すと頬を摩る。優しく、壊れないように。


「ねえ、名前さん…」


身を乗り出して顔を近づけるその間、ずっと頬を撫で続ける。
彼女を目の前にいる冷静じゃいられなくなる。いつも我儘ばかり言って思い通りにしたくなる。
彼女が優しいからついつい甘えてしまう。けど、彼女は笑顔で受け入れてくれるからもっともっと我儘を言ってしまう。


「僕のこと全て受け入れてください」


いつの間にか両手を彼女の腰に伸ばす。はあ、と熱い吐息を吐くとパジャマの裾の中に手を入れる。まだ見たことのない彼女の素肌の感覚にゾクゾクと背筋に悦びが走る。興奮する彼を他所に彼女は夢の中。起こさないようにしないと…と呼吸を落ち着かせながら、手を奥へと伸ばす。


「貴方の全てが知りたい…、見せてほしい…」


こんな我儘でも彼女は受け入れてくれるのだろうか。いや、受け入れてくれる筈。
そう彼は期待してしまう。


「はあ、名前さん、すきだ」


早く答えてほしいと言わんばかりに好きだと伝える。1秒でも早く一緒になりたい、愛し合いたい。なんて幸せな未来だろう。

あの男のことは頭から捨てて、僕だけを見てほしい。
世界中の誰よりも君のことが好きなのだから、君も僕のことを誰よりも好きになるべき。


「愛してる…」


そう呟くと彼は彼女の唇にキスをした。そのまま唇を離さず、彼女の下着に手をかけようとした時、


「ん…」
「!!!」


びく、と彼は反射神経のように顔を離した。バクンバクンと心臓が飛び跳ねるように鼓動する。目を見開いて彼女の様子を伺うが、名前は馬乗りになっている彼のせいで動きづらいのか眉を顰めて寝相をかこうとしていた。


「…名前、さん」
「……すー…」
「ね、寝てる…」


徐々に落ち着く心臓に彼は溜息をついた。一気に現実に戻った意識と寝ていた安心感に盛るのやめよ…と彼は横になった。じっと寝ている彼女の顔を見つめると腕を伸ばして抱きしめた。


「いつまで我慢すればいいんだろ…」


そして彼も目を閉じて夢の中へと逃げた。





目を開けると目の前にバーボンがいた。


「!!!!」


びっくりして名前は飛び上がるとその振動で彼は目を覚ます。うーん…と眠そうな声を出せば、彼女を視界に入れて嬉しそうに「おはようございます」と挨拶。


「な、なななな」
「?」
「な、なんで一緒に寝て…!」
「ああ、添い寝してたら二人で寝てしまったみたいですね」


彼は起き上がると困惑している名前に抱きついた。凄く幸せそう。すう、と髪の匂いを嗅ぐとぐりぐりと頬を寄せる。


「びっくりしてる名前さんも好き」
「あの」
「んー?」
「変なことしてないですよね…?」


彼は顔を離すと近距離でうーんと少し考えて、にこりと微笑んでから言った。


「名前さんの寝顔可愛かったです」
「ちょ…!」
「ふふ」


何かしたんだ…!と注意しようとした名前にバーボンはちゅ、と彼女の頬にキスをした。たじたじになっている彼女は思わず固まってしまい、怯んで何も言えない。


「名前さん、大好きです」
「し、知ってます」
「僕のこと好き?」


ニコニコしているバーボンに名前は黙ったまま、彼の手を伸ばした。むに、と両手で彼の頬に挟む。彼はぱちくりと目を瞬かせるとじっと彼女を見つめた。


「寝顔見られたくなかったです…」


ぽつりとそう呟く彼女に彼はきょとんとした後、暫くフリーズして理解するとぱあと顔を明るくした。


「意識してくれてるんですね…!」
「ち、ちが」
「嬉しい…!僕はいつでも準備はできてますからね…!」
「だ、だから」


ぎゅう、と苦しいくらいに抱きしめられる。たじろぐ彼女だったが、あまりにも嬉しそうにする彼を見て思わず頬が緩んでしまう。
彼女に男の影が出来ると暴走するしがちで、土井のことも心配だったがなんだかんだ何もしないので安心していた。


「(なるべく刺激しないでこのままいてもらわないと)」


そう思いながら彼女は彼の背中をぽんぽんと撫でる。
未だにぎゅうぎゅうに抱きついてるバーボンは彼女の匂いを堪能すると目を俯かせて呟く。


「そろそろあの男どうにかしないと…」


あ。





「付き合わないの?」


がこん、自販機からお茶が出てくる。
先輩のその言葉に汗を流して目線を泳がす名前はなんだか気まずそう。彼女が最近の彼について話したらこう言われ、黙ってしまう。しかし先輩は続ける。


「そんだけ好き好きアピールしてくる男、なかなかいないわよ」
「そ、そうですけど…」
「嫌なの?」


うーんと難しい顔して悩む名前に先輩はちょっと呆れる。


「あんたねー、あんなイケメンで金持ちそうで…性格に難ありだけどそんだけ好いてくれてる人、何が嫌なのよ」
「せ、性格に難あり…?」
「え?」
「彼は温かい人だと思うのですが…」


目が点になった後、先輩はあー…とその彼と会った時のことを思い出した。初めて会った彼が駐車場にいた時、名前に対してだけニコニコと愛想のいい笑顔。好きな人の前だと猫被るタイプか…とげんなりする。ここで彼に脅されたと言えば、明日から命はないので黙る。


「…私、彼のこと何も知らない」


ぽつりと呟くその言葉に先輩は黙ると彼女は悲しそうに話す。


「何も知らないんです。彼の仕事…なんか言えない言いたくない雰囲気出しますし、普段何してるのかとかも何も知らないんです」
「聞いても答えてくれないんだ」
「…」


こくこくと頷く名前に目を伏せる。


「私、信用されてないのかなあ…」



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