subdomだったら(if

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寒い夜、静かな部屋で雑誌を読んでいるとピンポーンとインターフォンが鳴った。あ、今日も来たんだ、と女は嬉しそうに小走りに玄関へ向かう。玄関の戸を開けると金髪の男が立っていた。


「寒かったでしょう?入ってください」


にこにこ、と笑顔な彼女に男は黙ったまま嬉しくて緩む頬を強張らせる。

ある日の寒い夜、彼女は彼を見つけると迷いなく部屋に招き入れた。とても温かくて優しい人。
それから彼は彼女の元へ通うようになった。


「コーヒー飲みますか?」
「あの、」
「ん?」
「いや…コーヒーで…」


キッチンに立っている彼女に近づくと彼は後ろから抱きしめた。早くしてほしい…と彼はすりすりと彼女に擦り付く。凄く幸せそう。
だけど二人は付き合ってない。ただの友人同士だ。


「バーボン、溢しちゃうので危ないですよ」
「嫌です。離れたくないです…」


すー…と匂いを嗅いでべったりとくっつくバーボンに名前は表情を変えずに言った。


「stay.」


その瞬間、彼の体がビクリと勝手に反応する。ふらふらと彼女から離れると床に座り込む。体が勝手に動いてしまう、少し空いた唇から熱い吐息が漏れる。嬉しい、もっと命令してほしいと欲が湧き出る。
彼はsubだった。


「あら、そこまでしてなんて言ってないのに」
「名前、さん」
「ふふ、可愛いですね」
「な、なでて、」
「いいですよ。いい子いい子」


よしよしと頭を撫でられると彼は嬉しそうに彼女に抱きついた。気持ちいい…と目を細める。


「いい子だから待てますか?」
「ば、馬鹿にしないでください」
「難しいですねえ」


コーヒーがテーブルに置かれた。ベットに座っている名前に隣の彼はまたべったりとくっつく。もうコーヒー入れてないからいくらでもくっついていいですよと彼女が言えば、すぐさま抱きついてきたのだ。力強くぎゅうぎゅうに抱きしめてきて少し痛い。それでも彼は彼女に触れられるのが嬉しくてどんどん力を強くする。


「ちょっと痛いですよ」
「…ん」


注意されて渋々力を弱める。

彼女はノーマルで。彼がパートナーがいないから仮のパートナーとしてplayの真似事をしてくれないかと頼めば、最初こそ戸惑った彼女だが了承してくれた。subは命令や尽くしてくれないと具合が悪くなるらしい。


「ちゃんと待ったから褒めて…」
「いいですよ、いい子いい子」


後頭部を撫でられれば気持ちいい…と彼は目を細める。ずっとこうしていたい、ずっとこうされていたい。

仮の関係なのだからお互い他の人間が現れれば終わる関係。


「ねえ、バーボン」
「んー…?」


うとうと、気持ちよさに思考が鈍る。このまま泊まりたい…と邪な気持ちが少しだけ出てくる。


「私のsubの友人が今度playしたいって言ってて…暫くはその子と」
「ダメ」
「へ?」
「絶対そんなの許さない」


べったりとくっついていた彼は彼女から離れるとさっきまでの緩い表情はどこへやら、少し怒っていた。え、え?と戸惑う彼女に彼は続けた。


「ただの友人なんですよね?好きな人や恋人ってわけじゃないんでしょう?」
「そ、そうですけど」
「ならダメです。僕が先なんですから僕を優先してください」
「あの」
「お願いです。僕だけに尽くして、褒めて」


他の人間が入る隙なんて与えない。彼は彼女をしがみつくように抱きしめた。

寒い夜、路地裏で初めて出会った時柄にもなく彼女に一目惚れしてそのまま今至る。こんな暖かい人は他にいない。
優しい優しい彼女。だから他の人にも優しくする。それは嫌だ。わざわざ仮のパートナーだなんて面倒くさいことをするほど彼女と繋がっていたかった。

彼女が欲しくてたまらない。

ノーマルだろうと一般人だろうと彼女が欲しい。命令されたい、褒められたい、そして…。


(好きって言われたい…)


そしたらどれだけ幸せだろうか。


「ごめんなさい。バーボンが具合悪くならないように仮のパートナーになったのに」
「…。いえ、分かってくれたらいいんです」


そんなすぐ具合悪くなるわけではないのだけれど、そういうことにしておかないとすぐどこかに行きそうで。
でもそろそろ信頼や信用を利用して罪悪感生ませた方が動きづらくなるだろう。


「僕は名前さんの命令が凄く心地いいんです。毎日してくれないと不安になります」
「そ、そうなんですね?私ノーマルなのに…」
「そんなの関係ないです。名前さんがいないと僕は死ぬ…」
「え、あの」
「それくらい僕は貴方のことを信頼してるんです」


依存、執着。subが逃すまいと見えない鎖で束縛する。一緒になれるなら彼女のその優しさだって利用する。
困惑する名前を抱きしめたまま怪しい笑みを浮かべるバーボン。そんな彼は抱きしめる腕を緩めると彼女と向き直った。ニコニコした表情で彼女の頬を撫でると言った。


「さあ、今夜もplayしましょう」




チクタク、時計の針がゆっくりと動く。
黙ったまま熱い掌で彼女の頬を撫でる彼は目を細めて嬉しそう。これからの時間が楽しみなのだ。あまりに幸せな時間で。ドキドキと期待する。そんな彼を彼女はじっと見つめる。


「バーボン」
「…はい」
「kneel」


その瞬間、ビクと体が熱くなって反応してしまう。頬が赤くなるのがわかる、嬉しい、興奮してしまう。「、言うこと、ききます」と熱い吐息が漏れて歯切れが悪くなる。ベットから降りて彼女の足元に正座する。もっと命令されたい、言うこと聞いたから褒められたい。頭の中が幸せでいっぱいになる。そんな彼を名前はじーっと見つめるだけ。なかなか次の言葉を言わない彼女に彼は急かすように名前を呼ぶ。


「…、?名前さん、?」
「あ、いえ、気持ちよさそうだなと…」
「気持ちいいです、早く次を、早く」
「んー…」


そもそも彼女はdomではないのだから、命令されても何も起きないはず。よくわからないなあ…と名前は思う。けどバーボンが気持ちよさそうにしてるのだから深く考える必要はないだろうと考えらのをやめた。が、いかんせん何の命令すればいいのかいまだに分からない。いつもkneelから始まって…。


(その後大体褒めて撫でて…とかでいつも一緒なんだよなあ…)


流石に飽きるかも、と彼の気持ちを知らず呑気に思う。
どうしよっかなあと悩む彼女にバーボンは眉を下げて懇願した。


「名前さん、命令して、もっと気持ちよくなりたいです」
「え、えっと」
「はあ、名前さん、名前さん」


今夜こそsub spaceに入りたい。まだ一度も入ったことのないそこに大好きな彼女の手で入りたい。我慢できず彼は腰を浮かせて、彼女に腕を伸ばす。いつもなら褒めてくれるのに褒められない。不安になってしまう。
相手がdomではないから上手くsubをコントロールできない。
バーボンの指先が彼女の腰に触れようとした時、


「、えと、す、stop!」
「ぅ、」
「そのままstopですよ」
「な、なんで」


いつもと違う流れに困惑するバーボンはそれでも命令されたことが嬉しくて腕を引っ込める。でも顔を真っ赤にして歪めて辛そう。


「今日は沢山我慢してその後いっぱい褒めてあげますね」
「…」
「い、嫌でした…?」


嫌がることはしたくない。黙ってしまった彼に名前は顔を覗き込む。


「嬉しすぎる…」


へにゃりと笑うバーボンが可愛くて撫でたいが気持ちを抑える。


「他に僕は何をしたら…」
「えっ、えーと…」
「名前さん、何でもいいです、早く」
「そ、そうですね」
「命令が難しいのであれば、虐めてもいいんですよ」
「ん?」


虐める…?と名前の知らない世界が出てきて固まった。彼は興奮しながら自分がどうされたいのかを言う。


「縄で縛ってもいいし、身体中触られて我慢させられるのもいいですね、いやもうここまで来たらセッ」
「ちょっと待ってください」
「あ、それが嫌なら僕に噛み付くとかどうですか?もう最高です。どんなに痛くても我慢できます。さあ噛んでできるだけ首の見えるところに僕は貴方のものだっていう証明がほし」
「シ、shush!」


興奮が止まらないバーボンに名前は青ざめながら命令した。また命令された…と更に嬉しくなる彼は黙って彼女を見つめる。でも虐められたいと口を開く。


「名前さ」
「shh…」


彼の口元に人差し指を置かれるとそれに熱い吐息がかかる。

頭の中がふわふわしてきた。もう身も心も彼女の物。全部あげたい。好き勝手使われたい。

興奮し切ったそんな彼を見ると彼女は表情を変えず、ベットをポンポンと叩いた。


「come」
「はい…」


流石に怒られるかな…とやりすぎたとしょんぼりするバーボンはベットに座る。すると名前は腕を伸ばして抱きしめた。きょとんと目を瞬きすると名前は優しく微笑んで言った。


「よく我慢できましたね。いい子」
っ…!もっと褒めて、名前さん、もっと」
「バーボンはちゃんと我慢できて偉いです。沢山触れていいですよ」
「はい…!やっと触れる…!」


余程嬉しいのか強く抱きついて彼女の髪に顔を埋めて匂いを嗅ぐ。耳に間近でかかる熱い吐息に名前は少し変態さんだなあと微笑む。よっぽど我慢できなかったのかバーボンは興奮したままスカートの中に入っていたトップスの裾を引き抜いた。ぎょっとした名前は口を開いた。


「ちょ、何して…!」
「名前さん、お願い、触るだけ」
「ダメですー!こら!」
「しませんから、我慢しますから」
「絶対我慢できないやつですよ!それ!」
「はあはあ、名前さん、好きだ」
「へっ?」


頭の中がふわふわ、ぐるぐる。もう身体が言うことを聞かない。
目の前に好きな人がいる。触れてもいいと言われてる。そんなのしてもいいってことじゃないか。
肩を押してそのままベットに押し倒す。驚いて固まって動けない名前にバーボンは心底嬉しそうな表情で見下ろす。


「ね?バーボンやめましょう?今日はもうやめましょう?」
「名前さん、ご褒美ください。名前さんをください」
「いや、あげないです」
「名前さんが欲しい、欲しい…」
「ちょー!脱がせようとしないでください!」


やる気満々なバーボンに名前は必死で抵抗する。だけど力が強くて敵わない。
すっかりsub spaceに入ってることに気づいていないバーボンはもっと奥深くに入ろうとしていた。それに名前も気づいていない。


(はっ、というか命令すればいいんだ…!)


あまりに必死になりすぎて忘れていた。


「すとっ、ん…!」
「そんなことしたらだめですよ」


もう少しで一緒になれるのに、と彼は彼女の口に人差し指と中指を入れた。ぐちゃぐちゃと舌を追いかけた後に引き抜くと指に唾液が絡まっている。それを舐めとると名前は顔を赤くして目を逸らした。


「酷いじゃないですか、命令してやめさせようとするなんて」
「お願い、バーボン、やめましょう、」
「大丈夫、痛くないようにしますから」
「やだ、やだ」
「ふふ、可愛い。僕だけの名前さん…」


首を横に振るがバーボンは彼女の横に手をついて顔を近づけてくる。名前は押し返そうと必死になるがびくともしない。


「名前さん、すき、すき」
「やだ、いやだ、」
「やっと、…やっと一緒になれる…」
「いや、そんなことするような子、きらい」
「!!!!」


ばっと勢いよく彼女の上から退くとバーボンは顔を真っ青にした。大きく鼓動が鳴る心臓に冷や汗が流れる。そんな状態の彼をみて名前はびっくりして怯んで黙る。少しの間だけ沈黙が流れると口を開いたのばバーボンだった。


「あ、の」
「はい」
「僕、捨てられるんですか、…?」
「へ?」
「え、」


すすす、と彼が彼女に近づいて両腕を掴んだ。その表情は酷く不安そうだ。


「き、嫌われてないですか?僕のこと好き?」
「あ、…ごめんなさい。嫌いじゃないですよ。好きですよ」
「名前さん…」
「ん、おいで」


名前が腕を広げると彼は素直にその中に入っていく。すり、と彼女の首筋な頬を擦り寄せる。
彼女の指先も匂いも声も性格も全部好き。いつか欲しい。
そんな事を思いながら小さくて大きい幸せに浸る。


(そっか、バーボンの好きって恋愛的な意味じゃなくて友達ってことか)


なーんだ、と彼の背中を優しく撫でる。


「名前さん」
「ん?何ですか?」
「…好き」
「私も好きですよ」
「…ふふ、嬉しい」


まだ何も知らない方が幸せかもしれない。
こんな関係でも側にいれることが幸せ。意味は違くとも好きって言ってもらえるのなら何だってする。


「…大好き」


ぽつりと呟いたその言葉は彼女の耳に囁かれた。



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