様子がおかしい。
彼女の様子がおかしい。


実家に帰るという週末が終わった次の日、心配で彼女の部屋に訪れたが静かな彼女に不安しかない。話しかけても元気がなく空元気で上の空。笑顔も引き攣ってる。


「…名前さん、何かありました?」
「…」


何で話してくれないんだ。ずっと暗い表情のまま。
実家に帰った時何があった?


「テ、テレビでも見ましょうか!最近面白い番組見つけたんです!」
「…わ、分かりました、」


普段なら他の人間に目移りさせたくなくてテレビは見させないのだけど、彼女の言う通りにした。
テレビにはトーク番組に出る芸人やタレントが出演している。彼は心配そうに隣に座る彼女を見るが、名前は心ここに在らずな表情をしている。


『最近、結婚を考えてて…やっぱり親を安心させたいというか』


と女性タレントが言った瞬間、名前は目を見開いて冷や汗流して俯いた。小さく丸くなった彼女の肩にバーボンは手を添えると優しく言った。


「名前さん、大丈夫ですか?横になりましょう」
「…いや、大丈夫…」
「大丈夫じゃないです。お願いです、休んで」
「…」


酷く辛そうな表情をする彼女に彼は休むように説得するが、何も話してくれない。

僕では駄目?僕では頼りにならない?と彼は不安になる。

すると彼女は立ち上がってベットに座り、気まずそうに重い口を開いた。彼は隣に座る。


「…バーボン」
「はい、なんですか?」
「悩み事というほどじゃないんですけど、話を聞いて欲しいんです」
「大丈夫ですよ。何でも話して」
「…」


けどやはり言いづらいのか黙ってしまった。彼は急かす訳もいかず、ずっと彼女の言葉を待つ。するときゅっと服の裾を掴まれた。その行動に少しどきりとするが、平静を装う。頼られてる、求められてると思うと心が戻ってしまうが、今はそれどころではない。


「…昨日、実家に帰ったら知らない男性がいて…」
「…へ?」
「あ、いえ、えと…父の会社の部下らしいのですが、その、…」
「…」
「親が…結婚しなさいと…」


思わず固まってしまう。
つまり、彼女の両親がその男と彼女に見合いのようなことをさせた。
心臓が嫌な音を立てて、表情が固くなってしまう。それで?どうした?何をした?聞きたいことは山ほどある。全部教えて。彼女が結婚なんてする筈ない、と彼は軽くパニック状態。
言葉を失っていると勘違いした名前は焦って口を開いた。


「も、勿論断りましたよ…、でも、」
「…でも?」
「…これを言ったらバーボンに引かれそう……」
「引かないです。教えて。」
「…お、親にはあまり逆らえなくて、」


段々と小さくなっていく声にバーボンは青ざめる。このままでは彼女がその男のものになってしまう。それは許さない。
でも、彼女もその結婚に乗り気ではないことを理解すると少し安心する。ならここで僕がすることは一つ。


「きちんと断りましょう」
「…そ、そうですよね…」
「好きでもない男と結婚したところで幸せになれないです」


君を幸せにするのは僕だけ。
バーボンは彼女の肩を強く掴むと表情を変えずに説得する。彼女の中にその男と結婚より両親に逆らうことへの戸惑いが感じられる。このままでは流されてしまう。
けど、彼の言っていることは正しかった。


「名前さん」
「は、はい」
「絶対断って。何が何でも断って下さい」
「バ、バーボン?」
「ご両親が何を言ってこようとその男とは結婚しないって言って下さい」
「…わ、分かってます…」
「本当に?ちゃんと断れますか?」
「…」


駄目だ、彼女一人に任せてはいけない。
僕が何とかしなくては、と彼は彼女を強く抱きしめる。彼女はそれを迷いなく受け止める…自分を安心させてくれようとしていると思って。
だけど、


(名前さんが離れてしまう…嫌だ、そんなの嫌だ…)


縋り付くように彼女の後頭部に手を回す。顔を彼女の髪に埋めると「…すき」と呟く。その言葉は彼女の耳に届くと、心配そうに口を開いた。


「バーボン…」
「好きです、だからどこにも行かないで」


この関係が壊れるのが怖くて仕方ない彼は何度も好きだと言う。

彼女を引き止めないと。他の男のものになるくらいなら無理やりにでも僕のものにする。その為なら何だってする。欲しいものがあるなら絶対にプレゼントする、嫌い人間がいたら彼女の目に見えないところまで追いやる。
彼女の為なら何だってやれる。


「…すみません、貴方にこんなこと話すべきじゃなかったですね…。不安にさせてしまいました…」


違う、話してくれてよかったのに。彼女は何も分かってない。
彼女の特別になりたい、その為なら。
バーボンはスッと不安を心の奥底に抑えておくと彼女から離れた。落ち着いたのかな?と名前は彼の真面目な表情を覗く。


「名前さん、僕を使って」
「え?」
「一人で断れないなら僕を使って下さい」
「な、何言ってるんですか?」
「その見合いを断る為に僕を使うんです」
「と、というと…?」
「その男の社会的地位を無くすとか、賄賂を渡して」
「え、ちょ、怖いです」
「…それが嫌ならいっそのこと…僕を、その、恋人と偽る、とか…」


最後、照れるように顔を赤くして恥ずかしそうにする。しかし、名前にはその前の言葉が気になって仕方なかった。
やっぱりバーボンって凄く怖い世界の人では、と。
怪しい…とじとーと彼を見つめるが、バーボンは「恋人より好きな人の方が…」と自分の世界に入っている。
たまにナチュラルに一般人が使わないような言葉を使ってくるのでたまに怪しむが、どうにも悪い人には見えない。


「兎も角、僕をだしにして使って下さい」
「そ、それは悪いですよ」
「…」
「バーボンを利用するようなことはできな」
「僕がそうして欲しいって言ってるんです」


そう彼女の言葉を遮ると、彼はベットから降りて彼女の足元に跪いた。きょとん、と瞬きする彼女を他所に彼は言う。


「お願いだから、僕の願いを聞いて欲しい」
「あの、」
「困った時は呼んでほしいし、命令してほしい。僕の気持ちとかそういう余計なことは考えず、自分のことだけを考えて利用してほしい」
「り、利用なんて出来ません…!ね、バーボンやめて?こういうのはやめましょう」


彼の意図を何となく察した彼女は焦る。使ってほしいとか利用してほしいとか、友達に対して使う言葉ではない。
彼女はあくまで彼と対等な関係でいたかっただけだった。楽しい話をして笑い合いたかっただけ。
けど彼は彼女の特別になりたいが為にとった行動。少しでもそれに近い存在になりたい。


(前に私の側にいたいからプレゼントをしていた時とまた違う気がする…)


あの時は自分が何かしてあげる代わりに私からのものを欲してた。プレゼントをあげる代わりに私との時間が欲しいと。
でも今はどうだろう。何が欲しい?私に尽くしに尽くして何が欲しい?


「え、わっ、!」
「名前さん…」


彼が突然、彼女の足を掴んで持ち上げた。足の裏に手を添えて、その甲に顔を近づける。彼の熱い吐息がそこにかかると、彼が今何をしようとしているのか理解して恥ずかしさで顔を真っ赤にした。思わず足を退けようとするが、力強く掴まれていて離せない。


「や、やめて!バーボン、お願い、」
「名前さん、名前さん…」
「ほんとに、汚いから…!」
「そんなことない…綺麗…」


興奮を隠そうとしない彼はうっとりとした表情で囁く。名前は恥ずかしさで今にも死にそう。

なんでこうなった。悩みを聞いて欲しかっただけなのに。

名前は後悔と困惑で今の状況を理解するのに精一杯だった。
そんな彼女を放って、彼は名前の足の甲に口づけを落とすと幸せそうに目を細めて呟いた。生暖かい感触に名前はどうしていいのか分からない。


「名前さん…、僕を貴方の犬にして下さい」


そうしてまた唇を寄せて、彼女への忠誠を誓う。何度も何度も。

どうして、なんで、と彼女はそれしか思い浮かばない。
どうしてそこまでするの、なんでそんなことするの。
その疑問を口をしようとした時、あの言葉を思い出す。


『名前は優しいね。』


私は優しい子でなければならない。それはこの世界の掟であり、ルールなのだ。

名前はそれ以上疑問を思うことをやめて、頷いた。優しい子は決してお願いを断らない。心地よく受け入れなければならない。
そんな掟が彼女を縛る。



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